【本編】

□【本編】五話
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 事件が起きたのは、音楽の授業中だった。
 まぁ『事件』と呼んでいいものなのかどうかはわからない――警察が出張ってくるような代物じゃない、だけど中学生の穏やかな日常をかき乱すには充分な出来事だった。


 最初に騒ぎ始めたのは、軍辞にとって名前もよく知らないような女子たちで、たまたま見てしまったのだが――いわゆる『犯人』も彼女たちだった。

 麻呂中の音楽教師はいわゆる生徒には評判のいい、つまりあんまり厳しい授業をせずに出席すれば高評価をくれる、てきとうな男だった。背が低く前歯が出っ張っていて、けれど服装は何だか不似合いなぐらいお洒落で、『もしもネズミ男がホストになったら』みたいな感じだ。

 彼は何だか生徒と付きあうのが苦手らしく、今日も音楽室に置かれた大画面TVのDVDデッキにオーケストラが演奏している映像をセットすると、そそくさと去っていった。 あとは配られたプリントに、DVDを見た感想などを書けばいいだけ。楽ちんで、軍辞としてもべつに文句はない。てきとうにそれらしい作文をでっちあげ、男友達の会話を聞くともなしに聞いていた。

 話しかけられれば応えるが、どうにも居たたまれない。とはいえ、この位置からすら外れたら、真っ逆さまだ。ここは崖っぷち。軍辞がふつうの中学生でいられる、最後の一線だった。退屈でも、息苦しくても、ここに縋りつくしかない。


 みじめに、独りぼっちになるのはいやだった。
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