【本編】

□【本編】二話
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 とりあえず……。
 男子トイレの個室にて背中に落書きされた鞠和を見つけた軍辞は、見て見ぬふりもできずに、鞠和に「待ってろ」と声をかけてから野球部の部室へと向かった。

 ちょっとした理由があって所属しているこの野球部には顔をだせない軍辞だが、まだ部員ではある、出入りは自由だ。校庭で練習中のみんなに発見されないよう、こそこそと部室を物色し、清潔なバスタオルと誰のものかも不明な、たぶん遠い昔の先輩が忘れたままのジャンパーなどを持ってきた。

 男子トイレのなかにいた鞠和は、あろうことか上半身がはだかだったのだ。このままでは家にも帰れないだろう、と同情したのだ。
 無論、声さえかけなければ彼女はこちらに気づかなかったのだから、放置して帰ってもよかったのだけど。それもまぁ、寝覚めが悪い。

 一般人なら誰でも持っているようなちょっとした良心からの行為で、とくに他意はなかったのだけど。
 呼びとめられたのだ。

「軍ちゃん」

 軍ちゃん。

 それは、あまりにも親しげな呼称だった。
 軍辞と鞠和は、ただのクラスメイト――そのはずだったのに。
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