【本編】

□【本編】二話
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「おまえ、俺の、えっと」
 あまりにも馴れ馴れしい態度なので、すこし不気味に思って、軍辞はまとまらない疑問を投げかけたが。

「…………」

 鞠和はびくんとして、唇をわずかに震わせるだけ。

「…………」

「聞こえねぇよ」

「ぁりがとっ」

 上擦った声をだしてから、恥ずかしそうに、鞠和はもじもじと繰りかえした。

「ありがとを」

 にっこりと笑みを浮かべた、長い前髪の隙間から覗いた双眸は、びっくりするほど綺麗だった。洞窟の奥に宝石を見つけた。そんな気分だった。

「まぁ、いいけど。成りゆきだし、助けた、とかじゃねぇし。えっと――」

 あらためて、個室のなかの鞠和のちらりと一瞥して眺めて、怯む。
 半裸で、汚物にまみれ、背中には落書き。『あたしに××してください。××にはあなたの好きな言葉をいれてネ(*^_^*)!』。悪意ある他者に、迫害されている彼女。

 いじめ。

 くだらない正義感から、太刀打ちするには、あまりにも強大な敵。そして、軍辞は平凡な中学生でしかなく、できることは何もなかった。
 一緒に泥をかぶり、傷を舐めあうぐらいのことはできるかもしれないが、そこまでの関係でもない。友達でも恋人でもない。
 そんな気力もなかった。
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