【本編】
□【本編】八話
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軍辞が暮らしているのは平凡な二階建ての一軒家で、家族で暮らすには少し狭いかもしれないが、いまは父とふたりだけなのでほんのちょっと寂しげだ。
父が離婚する前は家事のほとんどを姉の哩音がやっていたから、彼女がいなくなると掃除もだんだんおざなりになって、うっすらと埃が積もっていく。それは雪に似ていて、そこで暮らすものの体温をじわじわと奪っていく。
冷え冷えとしている。
玄関を見ると、父の靴があった。いつの間にか帰ってきていたらしい。リビングに明かりがついてないし、近所の公園に煙草でも吸いに行ったのだろう。壁や天井がヤニで汚れるから家のなかで吸わないでよお父さん! などと叱ってくれる哩音は、もういないのに、習慣だけが亡霊のように残っている。
軍辞は薄ら寒い気持ちになりながら、自分でわかした風呂に少年らしい烏の行水で入り、さっさとあがって冷蔵庫から麦茶をだして飲む。ふたりっきりだと麦茶も減るのが遅い。
部屋に戻ると、携帯電話が着信を示す青いランプを灯らせていた。それを見るまでさっきメールがあったことも忘れていた。
どれどれ、と確認すると着信が三十二件もある……。うわあ、と背筋に寒気が走ったが、同時に着信音が鳴り響いた。コロブチカ。テトリスのテーマだ。妙に慌ててしまう。