【本編】

□【本編】九話
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 失恋って、こんなに哀しくないものだっけ。

 ぶたれた頬に手を当てて、矢賀茄后美はそんなことを考えている。坂上田村麻呂中学校、通称麻呂中の制服をやや着崩している、すこし『遊んでいる』ふうな見た目。髪型は獣の耳にも似たお団子。口元を、しきりにやや長くした袖とリストバンドで拭っている。

 視界が、じんわりと滲んできた。
 涙が溢れ、顎まで伝って滴り落ちる。

「な、何だよ」

 目の前にいた、やや小太りでぶっとい縁取りの眼鏡をした同年代の男の子が、怯んだ。

「泣くなよ、だって、おまえが変なことしようとしたから――」

 あたふたと言い訳をしているけど、殴られるほど悪いことをしただろうか、と茄后美は戸惑う。むしろ、喜んでくれると思ったのに。
 麻呂中の新校舎、二階の奥にある化学準備室だ。化学は三年時の選択科目だし、専門の教師がいないのでここは常に人気がない。わりと教師に受けがいい茄后美は、所属しているオカルト研究会(『オカ研』)という怪しげな同好会の部室としてここを与えられ、よく入り浸っていた。

 いまは昼休み。窓の外からはボール遊びなどをしているみんなのはしゃぐ声がするが、この部屋は静かなものだ。ぐしぐしと涙を拭っている茄后美と、面倒くさそうに、拗ねてそっぽを向いた男の子――茄后美の、七人目の恋人。
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