【本編】
□【本編】九話
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名前は……。
何だっけ。殴られた瞬間に、吹っ飛んでしまった気がした。このひとのことを『ちょっといいな』と思った気持ちも。茄后美の愛する、わくわくした昂揚感も。
すこし乱れた制服を、ゆっくりと元に戻す。情けなかった。茄后美は、ただ心地のよいことが好き。えっちなことも、わりと。だから男の子はこういうことが好きだろうと思ったから、冗談めかして誘ってみたら、頬をひっぱたかれた。
床には、その衝撃で取り落とした携帯ゲーム機が、明るい光と軽薄なメロディを垂れ流している。
理解する。
教室にいつもひとりでいた彼、話しかけられても俯いてほとんど何も喋らない彼、数少ない友達とオタク話をするときだけ元気な彼は、遊び相手が欲しかっただけで、きっと女が欲しかったわけではないのだ。
そこを取りちがえて、茄后美は失敗した。草食系男子という言葉が市民権を得て久しいが、草食動物は身近に他の獣がいても、それを獲物だと――餌だとは思わない。
無害な草だけを食んでいて、それで満足で、茄后美とは価値観がちがっていた。
「ごめんね、あたし体液が多いみたいでさあ」
いつもの台詞を口にして、必死に目元を拭う。へらへら笑いながら。