【本編】
□【本編】九話
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口にしたことは事実だ。どうも、新陳代謝がいいのか、脳のどっかがおかしいのか――体液が多い。転んだらだいぶ大量に出血するし、口をあけてたらよだれが垂れるし、汗っかきだ。もう慣れたけど、すこし恥ずかしい。
「な、殴ったんじゃないからな、驚いて突き飛ばしただけだからな」
男の子は必死に、誰かに言い訳している。茄后美は、怒りも叱りもしてない、恋人なんだからこの程度は我慢できる。なのに、何だか呆れて、心が冷えていく。
「わかってるよ」
腫れてきた頬をさすり、湿布でももらってこよう、と出口へと向かう。
「ちょっと保健室に行ってくるね」
「また、あいつに会うのか?」
男の子が、両目に嫌な光を宿した。酷いことをして、こちらの気持ちを否定したのに、浮気っぽいことは見逃さない。ちいさかった。哀しくなるぐらいに。
茄后美は振り向かずに、扉に手をかけたまま。
「ん〜ん、あのひとは――あたしになんて興味ないし、ちょっと手当をしたいだけ」
たぶん、男の子が言ってるのは保健室登校をしている不思議な生徒、可愛らしい美少女にしか見えない少年――水無月あくあのことだろう。きれいなものが好きな茄后美は、彼を観賞するためによく保健室に行くが、不思議と恋人になりたいとは思わない。
黙って遠くから眺めていたい。