【掌編】

□【掌編】十六話
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 あくあを後ろから抱きしめている。
 彼の髪の毛は名前のとおり海に似ていて、潮の匂いがする。汗の匂いなんだろうか――何だか安心する、生命力を感じる。たまらなくて、僕はしきりに抱きしめた彼のつむじのあたりに顔を寄せ、深く呼吸する。

「何だい、今日はやけに甘えん坊さんだね?」

 あくあが、くすぐったそうに身をよじった。
 けれど抵抗することなく、どうぶつのように安らかな表情で、僕と指先を絡める。両手を、指のひとつひとつを抱擁させあって。ぴたりと、ふたりでひとつの生き物みたいになって。
 ちいさな彼は僕の胸元に頬を寄せて、微睡むように。

「嬉しいね……」

つぶやくと、僕に全存在を委ねてくれる。
 いつも彼がいる、保健室だ。休日なんだけど、彼は諸事情あって自宅に戻らない。学校側も黙認しているようで、裏口も、この保健室も施錠されていない。防犯面から見るとけっこう危ない気もするけど、あくあの機嫌を損ねると何されるかわからないからなぁ。

 あくあは現状に満足しているようで、いつもここでぼうっと寝そべっている。本を読むなりゲームするなりすればいいのに、彼は何だかあらゆるものに退屈してるみたいだ。
 休みなのでいつものように女子生徒などが集まってることなく、静かで、校庭から野球部などの掛け声がわずかに聞こえている。薄暗いベッドのうえ、僕があくあを独り占め。幸福感に、僕は思わず背筋を震わせる。あぁ一生こうしていたい……。
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