【掌編】
□【掌編】十六話
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でもそんな理想は、現実的な計算の前に脆くも崩れる。いつかきっと、彼女は失望し、あるいは放逐される。
だけど、こいつもいろいろ考えているんだ――こんな、ちいさいのに。重荷を背負いながら、必死に己の意志で立とうとしている。その志は、いつも他人の言いなりになっている僕には眩しいぐらいだった。
何だか複雑な気持ちになっていたが、不意に胸元で震動。見ると、月吉に貸してもらったパジャマの胸ポケットで、携帯電話が自己主張をしていた。
驚いて画面を見ると、『あくあ』とある。
いつもなら、あくあはすべてに最優先だ――迷わず出たいところだけど、今はなんとなくためらわれて、思わず月吉を見た。
彼女は苦笑して「どうぞ」と言ってくれる。
僕は何だか後ろめたい気分のまま、いちど部屋からでて、しんと静まりかえった屋敷の廊下で通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『おれだよ』
「それはわかってるよ――どうしたの、あくあ?」
『おいおい、寂しいな。お呼びでないって態度じゃないか』
あくあの、生まれたての赤ちゃんみたいな、耳にくすぐったい声。
悪戯っぽい、まるで地獄から悪魔がたわむれに間違い電話をかけたみたいな。
『いちおう、君が生きてるかどうか確認したくてね――その様子だとまぁ、うまくやってるみたいじゃないか。いや、そうでもないのかな。何だか声に元気がないよ?』
「気のせいだよ」
『おれには嘘をつかなくていいよ。可愛いなあ。何があったんだい、教えてくれる?』
「その前に、聞きたいことがある」
僕は珍しく、あくあの言葉を遮るように。