【掌編】

□【掌編】十六話
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 豪邸である。

 辿りついた月吉とまとの邸宅は、これまで僕が映画とかでしか見たことがない巨大で優雅で、まるでお姫さまの居城のような代物だった。生意気だ……。
 野球の大会でも開けそうな広々とした庭には季節の花が咲き乱れ、やたら窓が並んだ建物は穢れのない純白で、観光地かここは。 あちこちにいかにも血統書つきっぽい大型犬が寝そべり、何だかこのままCMか何かに使えそうだ。

 などと、貧困な感想を抱きつつも――。
 日差しがきついのでふんわりした帽子をかぶった僕は、ぽかんと口を開いてそのこの世ならざる光景を眺めていた。いや、あいつがお嬢さまなのは知ってたけど、現実にこんなお屋敷が存在するなんて。しかも、同じ町内に。

 染みや汚れのひとつもない、精緻な彫刻が施された門を見あげて、僕は戸惑う――いいのか、僕のような一般人がこんなところに踏みこんでも。逮捕とかされるんじゃないか。
 ちなみに僕の自宅はごく平凡な一軒家だ。両親が公務員なのでまぁふつうか、ちょっと裕福なぐらい。庭付き一戸建て、と書くとこの豪邸と同じに見えるけれど。レベルがちがいすぎる、比べものにならない。

 お金というものは、あるところにはあるのだなあ――。
 そわそわと挙動不審にしていると。

「何を間抜けな顔してるの」

 姉は門の前に平然とバイクをとめて、ゆっくりと降りるとヘルメットを取った。長い髪の毛が風にそよぎ、その汗ばんだうなじと胸元が妙に艶めかしい。眼鏡をかけると、どうでもいいものを他人にあげたがる姉は僕の帽子に缶バッチを取りつける無駄な動きをして。

「いやぁ、今日はいい天気だねえ。風が気持ちいいよ、ライダースーツ蒸し暑いし脱いで全裸になりたいぐらい」

「実行したら姉弟の縁を切るぞ」
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