【掌編】
□【掌編】十七話
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たまにはむかしのことを思いだそう。
海岸線を歩いている、憂奈木デイジーを見つけた。
そのころから彼女とはクラスメイトだったけれど、なかば引きこもりだったあたしとクラスの爪弾きだった彼女の接点があるわけもなく、不思議な名前だから何となく記憶に引っかかっていた程度。
あたしが暮らしている山の裏っかわは海に面していたけど、岩がごつごつ並んでいて遊泳なんてできない、波も高くて危険なところだった。
観光客なんて寄りつかない。釣りをしているひとすら、滅多にいない。だから餌が余って豊富なのか、海鳥なんかがいつだって群れていた。
白い羽根が舞い踊るなか、そちらを見もせずに――今まさに海からあがってきた新種の生き物のように、ずぶ濡れのデイジーが歩いていた。片目だけを隠した独特の風貌。坂上田村麻呂中学校の制服は水気を吸って色が濃くなり、その歩いたあとに水のあとが染みこんでいく。
足取りはしっかりしていたけど、そうでなければ自殺者ではないかと勘違いしていたところだった。実際、そのときのあたしはそう思った。何だか、放っておいたらふらりと海に飛びこんで二度と帰ってこないような気がしたのだ。
あたしはその当時から恥ずかしげもなく箱入り娘で、病弱で、その日もチャラ男の運転する車に乗って病院に定期検診に行った帰りだった。相変わらずぼろぼろの車の後部座席で、乗り物酔いにうぇっぷとなっていたあたしは――。
「チャラ男、あれ何?」
脱色されたチャラ男の後ろ髪を引っぱり「うぎゃ!? お嬢、事故るから急にそういうことすんのやめて!?」と悲鳴をあげられた。