【掌編】
□【掌編】十七話
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その浴室に飛び散った、隠しようのない鮮血の色――。
「みっちゃん……?」
びっくりしたように振り向いたデイジーの、いつも前髪で隠された片目は、無惨に潰れている。そうだ、見過ごしちゃいけない。彼女は何でもないふりをしていつも誤魔化すけど、たぶんきっと、あたしの想像もつかない悪意の渦のなかにいる。
彼女は困ったように、「いつも踏みこんでくるなあ」とぼやくと。
「出てって」
短く吐き捨てた。
「汚れちゃうよ」
またその言葉だ。
「いいもん」
あたしもまだ中学生だった、幼くそう言うと――そっと浴室に足を踏みだす。あたしは吸血鬼だ。他人の血肉を売り買いし、財を築いた、そんな穢らわしい血が流れている。だから、今さらもう、どこも汚れたりしないのよ。
そう言いたかったけど。
うまく舌が回らなくて、ただ消えてしまいそうなデイジーを腕のなかに抱きこんだ。濡れて、制服が重くなる。はだかの彼女は、まるで生まれたてみたいだった。
骨っぽい、華奢な身体。
でも、そのころはたしかに――あたしの胸のなかに、デイジーは生きていたのだ。呼吸をし、体温をかよわせて、すぐそばにいたのに。