【掌編】
□【掌編】十七話
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「ありがとう」
微笑み、雫の浮かんだペットボトルを受けとると、中身をちびちびとあけた。緋旅さんは雨に濡れた捨て犬に傘をさしだすときの、慈しむ笑顔で満足げにこちらを見ている。
「暦子、ずるいぞ。ボクもお水がほしいのだ」
妙な口調で言ったのは、いままさにプールからあがってきた矢賀さんだ。彼女は運動が致命的に下手で、いまだに水に浮かぶこともできない。
疲れきった様子で、目の隈もいつもよりくっきりと濃い。
「うん、うしお♪」
緋旅さんが嬉しそうに、てきぱきとペットボトルを用意し始めた「亡々宮と何を話してたんだ?」「お水をあげてただけやで〜」「ほんとに?」とかやや揉めている。何だか熟年夫婦って感じね、仲が良くて羨ましいわ――。
ちなみにその矢賀さんは、緋旅さんとは好対照に幼児体型で、スクール水着が似合いすぎる。あらためて気合をいれて可愛い水着を新調したりする愛嬌は、あたしたちにはなかった。
しかし、全身が怠くて眠い……。こりゃ、緋旅さんに起こしてもらえなかったらそのまま逝ってたかもね。貧弱な自分が嫌になるけど。
溜息をつきつつ、あたしは周囲を見回して。
「デイジーは?」
「まだ泳いでるみたいやで〜」
緋旅さんが示したほう、プールのなかではデイジーが白魚のような太股や手足をたまに見せながら、ほとんど波をたてずに泳いでいた。静かで、きれいだ。
「憂奈木さん、運動神経めっちゃ良ぇねんな。羨ましいわぁ」
「暦子は筋肉なんてなくていい、柔らかいほうがいい」
感心している緋旅さんに、矢賀さんがぎゅっと抱きついている。暑苦しいわね。