【掌編】

□【掌編】十七話
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 今も、見ていると「くすくす」笑いながら、教師の目を盗んで女の子たちが紙くずや消しカスを指で弾いてデイジーにぶつけている。
 でも、こういうのは基本的に――相手が嫌がったり何らかの反応をしないと、面白くはない。賽の河原で石を積みあげつづける作業に、誰も堪えられない。相手が何らかの反応を示すと、安心する。嫌がったり哀しんだりする同じ人間なんだって。

 でも、デイジーはまるで別次元にいるみたいに、これを無視した。動じないというか、気づいていないみたいだった。あたしたちが、胸に吸いこむ酸素をまるで視認できないのと同様に。空気のように無視されることに、多感で、己に過剰な自信を抱く若い子供たちは我慢ならない。自分の存在意義を否定されたみたいで、傷つきすらする。

 だから、次第に攻撃はやんで――ゆるやかな無視だけが、つづくはずだったけれど。
 この日は何だか様子がちがっていた。


 デイジーが不意に、むくりと起きあがったのだ。
 顔をあげる、どころか――ものすごい勢いで起立し、かなりの騒音も響いた。椅子が後ろ向きに倒れ、全員の視線がこのおかしな女の子に集中する。
 紙くずを投げつけていたクラスメイトは「びくっ」とし、教師も気弱な態度で「ど、どうしました? 憂奈木さん?」とおっかなびっくり聞くだけ。

「…………」

 けれどデイジーは何も応えずに、髪の毛をぼりぼりと掻くと、ゆっくり周囲を睥睨した。虐げられていた家畜のようだった彼女こそが、世界の支配者みたいだった。

 やっちゃえ、とあたしは思った。
 突発的に巻き起こった非日常に、単調な授業に飽き飽きしていたあたしは他人事のように思った――暴れちゃえ、台無しにしちゃえ、めちゃくちゃにしちゃえ。
 この退屈な世界を、踏み荒らして引っくりかえしちゃえ。
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