【掌編】

□【掌編】十七話
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「…………」

 けれどあたしのそんな健全ではない祈りとは裏腹に、デイジーは前髪を揺らし、ふらりと窓の外を見た。そのお腹が、ぐぎゅるるる、と異音を放ったのが、すぐ後ろの席に座っていたあたしには聞こえた気がした。

「お腹すいた」

 消えいりそうな声でつぶやくと、デイジーは囚人を警戒する看守たちのようにその一挙一足を注目する他のみんなの視線を気にせずに、ふらりと歩いて教室から出て行ってしまった。扉を丁寧に閉めて、その姿が消える。
 クラスメイトたちは呆気にとられて――それから、ざわめき始める。誰にも彼女の行動の意味がわからなかったのだ。嫌がらせから逃げたのだろう、そんなどこか見当外れに思える結論を得て、すこし安心し――みんな笑みすら浮かべていたような。

 教師がとにかく授業中です、静かになさい、みたいなことを言ったりして――いつもどおりの、平和な時間が戻ってきたけれど。
 窓際の席に座っていたあたしは、すぐに気づいた。

 デイジーは素早く靴を履きかえて、昇降口から校庭にでていた。機敏な動きで、真っ直ぐに広々とした中学校の敷地のなかを突っ切っていく。流れ星みたいに。
「あれ、憂奈木さんじゃない?」「何してんだあいつ……」「意味わかんない、頭おかしいんじゃないの?」などと、他のみんなも気づいてひそひそと噂話。

 あたしは理解する。静かな教室に、よく耳を澄ませれば石焼き芋の売り口上が聞こえてきている。デイジーの視線の先に、のたくたと走る石焼き芋の販売カーが動いていた。まさか、小腹が空いたからお芋を買いに行ったのだろうか。そんな非常識な、とも思ったけれど、彼女ならやりかねない――とも。
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