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□例えば
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本当は夕月に伝えたかった。

声を聞くだけで熱くなること。
理性が利かなくなるくらい触れたくなること。
誰にも言わずに無理矢理胸の奥深くにしまいこんだ。

「クソッ……!」

自室に入るなり、ベッドに身体を投げ出す。

柔らかいシーツの感触が毛羽立った心を少し慰めた。

「黒刀、入るよ?」

ノックしたと同時に千紫郎が部屋に入ってきた。

「大丈夫?」

シーツに顔を押し付けたまま、返事はしなかった。

「夕月くん心配してたよ」

「何でもない」

「言ってもいいよ。ここには俺しかいないから」

ベッドが静かに沈んだ。千紫郎が傍に座ったのだ。どうやら話を聞くまで出ていかないつもりらしい。

「夕月くんのこと?」

「……」

「何となくそんな気がしたんだ。黒刀が夕月くんを見るとき、たまに寂しそうな目をしてたから」

「……してるんだ」

「え?」

独り言のように呟いた。

「愛してる」

かすれた小さな声だったけれど、千紫郎には聞こえたらしい。

「そっか……」

例えば、自分がツヴァイルトではなく夕月が神の光ではなかったら。

決してそんなことを考えてはいけない。
考えてしまうとギクシャクして、夕月とうまくいかなくなる。

「俺は黒刀の味方だからね」

千紫郎の一言に目頭が熱くなった。

それでもやっぱり考えてしまう。
例えばの話。
一瞬くらいいいじゃないか。
一瞬だけ夢を見て、すぐ現実に戻るから。
そう自分に言い聞かせて。

黒刀はそっと瞼を閉じた。
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