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□例えば
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例えば僕がツヴァイルトではなく、夕月が神の光という立場でなければ。

お互い単なる一人の人間として出会っていたなら。

だとしたら、僕はきっと……。


「黒刀くん?」

風呂上がりに夕月の自室。
二人で向かい合って将棋を指していた。
ハッとして顔を上げると、不思議そうに首を傾げる夕月と目が合った。
子犬のように純粋で潤んだ瞳。
ドクンと心臓が大きな音をたてた。

「どうしたんですか?」

「何でもない!」

慌ててやりかけの将棋を指す。
つい物思いに耽ってしまった。

例えばの話なんて考えてどうする。
黒刀は思い直した。
考えたって今の立場が変わる訳でもないし、この気持ちを口にすることもできない。

神の光を、夕月を自分のものにしたいなどという到底叶わない欲望はなかったことにしなければならない。

本人にも、勿論他の誰にも知られないうちに自分自身でどうにかしなければ。

「悪い……夕月」

「え?」

音もたてずに黒刀はそっと立ち上がった。

「黒刀くん?」

「今日はおまえの勝ちでいい。もう部屋に戻る」

「え、どうして?!」

黙って部屋を出ようとしたら、手首を掴まれた。

「何で怒ってるんですか?僕何か怒らせるようなこと……」

「別に怒ってない」

「怒ってるじゃないですか」

「怒ってないって言ってるだろ!!」

夕月の腕を振り払った瞬間コンコン、と部屋をノックする音が聞こえた。

「黒刀、夕月くん?どうかした?」

千紫郎がドアを開けて心配そうに覗きこんできた。

「黒刀?」

「何でもない」

いたたまれなくなって逃げるように部屋を飛び出した。

「黒刀くん!」
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