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□消えたのは怒り
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今夜は晴天。
裏庭で星を見上げていた。
上着はカットソー1枚で、外へ出るには薄着だった。
夕月が丁度後悔した頃。

「何やってんだよ。んな所で」

「焔椎真くん」

声を聞いただけでドキリとした。
どうして焔椎真がここにいるのだろう。
彼と同じ部屋にいたくなくて、こっそりダイニングから抜け出したというのに。

正確には同じ部屋にいられなかったのだ。
パートナーである愁生と焔椎真が笑い合う姿を見ていると胸が痛くなった。

自分の気持ちから目を逸らしたかった。
まさか、そんなはずはない。
一緒にいたい。
自分だけを見て欲しい。
いつも焔椎真を目で追ってしまう。
何度も自覚症状はあったけれど、見てみぬふりをした。
一般的には男が男を好きになることはごくまれなことで。
この気持ちを知られたら多分、きっと相手を不快にさせてしまう。
口にしてはいけないと思った。

「着てろよ」

持っていた自分のジャージを肩にかけてきた。
こんな風に、優しくされるのは困る。
忘れようとしているのに。

「大丈夫です」

「いいから!」

怒らせるのも嫌だったので夕月は渋々袖に腕を通した。

「ありがとうございます」

「ああ」

ふわりと香る甘い香り。
柔軟剤なのか、コロンなのか、正体は知らないけれど。
夕月はこの香りが好きだった。

「この上着、朝まで借りていてもいいですか?」

「?いいけど」

その夜夕月は焔椎真のジャージに顔を埋めて眠った。
愛しい甘い香りに包まれ、つい身体の中心がうずく。
そっと手を伸ばした。
でも焔椎真の嫌がる顔が浮かんで。
やっぱりそれはやめておいた。







翌日もその翌日も、夕月は焔椎真に上着を返さなかった。
返したくなかったのだ。
昼間全く焔椎真と会話できない日も、夜は彼の香りに包まれて眠ることができる。
彼と一緒にいられない寂しい気持ちが少し紛れる。
夕月にとって、安定剤のようなものだった。
この上着があるから、明日も頑張れる。
だからどうしても返せなかった。

「夕月ちゃん最近楽しそうだね」

「え?」

「好きな人でもできた?」

十瑚にからかわれ、夕月は焦った。
毎晩焔椎真の上着と一緒に寝ているから、とは言えないし。

「ち、違います」

「本当?」

「本当です」

ソファに座っている焔椎真と目が合った。
それはほんの一瞬で、さっさと部屋を出て行ってしまった。

(ジャージ返さないから、焔椎真くん僕のこと怒ってるのかな)

裏庭で過ごしたあの日から、彼とはまともに話していない。
約束も守らないでいい加減な奴だと思われていてもおかしくない。
嫌われてしまった。
そう思った瞬間駆け出していた。

「焔椎真くん!」

夕月は急いで自室に戻り、上着を抱え彼を追いかけた。
廊下の突き当たりで焔椎真が振り向く。

「これ……返すの遅くなってすみません」

「ああ」

差し出されたジャージを受け取る。

「おまえ、好きな奴できたんだ?」

「え?」

「そいつのことばっか考えて、浮かれて忘れてたんだろ?俺との約束」

「ちが……」

「別にいいけど。俺には関係ねぇし」

関係ない。
その一言で涙が溢れた。

「夕月?」

「あ……ごめんなさい。僕、どうしても返せなくて」

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「何……」

「焔椎真くんの、服だから……嬉しくて……ごめんなさい」

次々と溢れる涙を手の甲で拭っていたら、その腕を止められた。

「やるよ、コレ。んなモンで泣くな」

「いい、です……」

「だからっ!そーゆーことじゃなくて」

ぐい、と顎を持ち上げられ。
焔椎真の顔が近づいてくる。
唇が重なった。

「こういうことだろ?」

夕月が何も言えないでいると、もう一度唇が重なった。

「焔椎真くん、もっとキスして下さい」

潤んだ瞳が見上げてきて。
焔椎真はその折れそうな細い腰を抱き寄せた。

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