conductor 〜コンダクター〜

□第九話 砂の城
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かたく閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。

体にまとわりつきながら流れていく風。
新緑の薫りを届ける風に身を任せ、朱色の鳥居の上から眼下に広がる街並みを見た。

世界が変わっても、そこに暮らす人たちの営みに大きな変化はない。
変わったとすれば、それは自分自身だ。

自分が望んだわけではなく、無理矢理変えさせられた。

元に戻る術など、存在しない。

どんなに苦しくても、どんなに嫌悪したとしても、私が解放されることはないのだ。

永遠に___


仄暗い思考に沈みそうになった時、私はある気配を感じ取った。

この波動には見覚えがある。
どうやら、待ち人が到着したようだ。

ふと、空を見上げると、私の嫌いな灰色の雲が泳いでいる。
雨が降り出すのに、おそらくそんなに時間はかからないだろう。



その前に、______決着をつける。



そう決めた時、タイミングよくというか、見計らったかのように声が届いた。



「待たせましたか?」



最上段の先から姿を見せた待ち人は、とらえどころのない笑みと共にそう言った。


「いえ。約束の時間より早いわ」


答えながら、私は鳥居から降りた。


「あなたからの初めてのお誘いですからね」

「青の王」


彼のペースに乗せられたくなくて、私は彼の言葉を遮断するように告げた。


「ごっこは終わり。そう言ったはずよ」


すると、彼はゆっくりと笑みを深めた。


「やっと……本当のあなたに出逢えたようですね」

「さぁ。それはどうかしら」

「つれない方だ」


わざとらしく肩を竦める仕草が、どうにも苛ついてしまうが、ぐっと堪えて本題を切り出した。


「ケリをつけましょう。私、煩わしさから解放されたいの」

「条件は?」

「私が勝ったら、今後一切、私に関わらないで」

「私が勝てば、私の好きにしていい。そう解釈しても?」

「構わないわ。あなたのモノになれというのなら、支配されてあげる。ただし、___命を賭けて戦ってもらうわ」


最後の言葉を強調して告げると、彼は押し黙る。

私は彼の答えを静かに待った。

彼がどこまで本気で私を欲するのか。
それを知る事は難しい。

ただの新しい玩具が欲しい為だけに、命まで賭けられるのか、否か。

これは私にとっても大きな賭け。
彼が承諾したら、私は私の全てを賭けて戦う。

王相手に無謀だと思われるかもしれない。
だが、私は勝算のない戦いを挑むほど愚かではない。



「わかりました。その条件、のみましょう」



その言葉に私は僅かだが驚いた。

この男のことだから、王相手に無謀な条件を提示した私を蔑むか、嘲笑うか。
馬鹿にした表情で、これまた嫌味な言葉でも並べながら持論を展開すると思っていたのに……

いつになく真剣な表情で、真摯な瞳で。
静かで落ち着いた声の中に、覚悟を秘めたその言葉の重みに。



本気なのか……?



そう問うことが、いかに愚かしいことなのか。
私は彼の身体から発せられる覇気で、全てでそれを思い知った。



「交渉は成立ね」



私は、ゆっくりと力を放出させる。


それが合図。



青の王は、腰に下げたサーベルに手をかけた。




「宗像。___抜刀!」






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