conductor 〜コンダクター〜
□第九話 砂の城
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『ごっこは終わり。明日12時、例の神社で待つ』
部屋に置かれた時計は、すでに11時を指していた。
宗像は、最終調整を終えた画像を満足そうに見つめると、電源を落として立ち上がった。
今日は昨日よりも、灰色の雲が多い。
天気予報では、午後から雨。
その事が少しだけ引っかかったが、いい機会かもしれないと宗像は思い直した。
伏見からの報告を受けた後に、急ピッチで進めた作業も無事完了し、後は……
身だしなみを整え、最終チェックを終えた後、宗像は自身の机に視線を向けた。
そこには、通常のタンマツよりも少し小さめの黒い機械が置かれていた。
それを手に取ると、宗像は僅かに表情を曇らせた。
「……できれば、こんなことしたくはないのですが……」
セプター4として、彼女を護る上で必要な処置。
たとえそれが正論だとしても、若干の後ろめたさが残る。
それでも、立ち止まることは出来ない。
「これで、さらに嫌われるな……」
自嘲気味に呟くと、黒い塊をポケットに収め、部屋を出たその直後だった。
「俺も同行します」
正面の壁に背中を預けたまま、こちらを気だるそうに見つめる男。
掛けられた言葉が、同行の許可をとる気などないと告げている。
実に伏見らしい発言だ。
「構いませんよ。記録係が必要でしたから」
宗像は、あっさり承諾すると、ポケットにしまった例の黒い機械を差し出した。
それを見た瞬間、伏見はうんざりしたような表情を浮かべて溜め息を漏らすが、受け取りを拒否することはなく、ひったくるように取るとポケットにしまった。
「では、行きましょうか」
さっさと歩き出した宗像と、それに続く伏見。
少しの間を置き、宗像は言った。
「伏見君」
「……なんすか」
「あげませんよ」
「のしつけて返しますよ」
言わんとしていることを瞬時に理解した伏見が即答すると、宗像はとらえどころのない笑みを浮かべた。
バーに置かれた時計は、すでに11時30分を指していた。
グラスを拭く草薙の前。
カウンターでジュースを飲みながらも、落ち着かない様子で時計を見ている十束。
「草薙さん。今日、なんだよね」
「尊のとこに青の王様から連絡があったみたいやからな」
「姫ちゃん。大丈夫かな……」
「心配することないやろ。命のやり取りするわけやないんやから」
「でも、やっぱり、俺___」
「尊に任せとき」
周防の名を出すと、十束は押し黙りジュースに口をつけた。
そんな彼の様子を見ながら、草薙は心の中で幾度目かの溜め息をついた。
宗像から周防経由で、姫がケリをつけるべく動いたことを聞いてからというもの、十束はずっとこんな調子だ。
11時過ぎに出て行った周防にも、最後まで連れて行けと駄々をこねていた。
周防の一睨みで諦めたが、それからが大変だった。
先程のやり取りを何度したことか……
これなら自分も周防と一緒に、見届けに行った方が良かったと後悔していると、
「草薙さん」
十束の真剣な声に、草薙は顔を上げた。
「青の王様に似た『あの男』、姫ちゃんに何をしたんだろ。耳を塞いで、目を背けて、自分の心に蓋をして、全てを遮断するまで彼女を追い詰めるなんて……」
カウンターに置かれた手が、かたく握り締められる。
それは、十束の胸の中に渦巻く、怒りを現しているように思えた。
「……姫ちゃんは、乗り越えられるかな?」
不安気に落ちた呟き。
草薙は、表情を引き締めると、答えるように告げた。
「乗り越えられるか、否か。そのきっかけを作れるかが、今日の正念場や」