灰色スペクトル
□優等生と不良君
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朝の電車は心底うんざりする。
密着する他人の体温や歯磨き粉と香水の臭い。
目を閉じていても吐き気がする。
ふと、本当にふと、視線を横へと向けてみた。
やけに大きな奴がいるなと、ただそれだけだったと思う。
視界の端にその男が入った瞬間、俺の全身を落雷したかのような衝撃が走った。
何てことだ。
隣に居たのは白くなるまでブリーチした髪をアシメにし、紫のカラコンにピアスを無数に付けた高校生。
彼の有名な関東一巨大な不良チームの、…確かNO.2だったはず。
友達付き合いが希薄なため、噂話にはかなり疎い俺でさえ知っているほどの有名人。
まさかそんな男が朝の満員電車に乗っているとは…
勝手な想像だけど、こういった人種は皆バイクを乗り回しているものだと思っていた。
しかも、そんな不良高校生が右手に持っているのは、俺の好きな舞台作家の戯曲だったものだから更にビックリだ。
人は見た目じゃないとはまさにその通りだな。
だからと言って、フレンドリーに彼と接触を持つ気など更々ない。
例え自分と趣味が合うかもしれないとしても、満員電車に揉まれる姿に親近感を覚えたとしても、所詮は進学校の首席(平凡顔)と不良校のNO.2(美形)とでは同じ高校生でも住む世界が違うのだ。
それに何より、もし不慮の事故で彼の足でも踏んでしまえばそれこそ地獄を見ることになるだろう。
同じことの繰り返しである日常に退屈していたのは事実だけど、不良にボコボコにされる非日常なんて望んではいない。
俺はとにかく息をひそめて、ただひたすらに降りる駅の訪れを待ち望んでいた。
未だかつてこんなにも鬼気迫った直立不動があっただろうか。
カーブでの遠心力もブレーキによる揺れにも、俺の身体は全く動かない。
否、動いたら死ぬと思っているので全身を使って踏ん張っているのだ。
普段使い慣れない筋肉を使っているから、ひょっとしたら明日は筋肉痛になるかもしれないなどと考えている内に、ようやく次は学校の最寄り駅のようだ。
長かった…そして良く堪えた、自分。
ある意味高校受験よりも難関なミッションを、よく何事もなくやり遂げた!
そんな喜びを噛み締めていると、不意に斜め前に立っていた女子高生が身じろいだ。
よく見れば俺が通う学校の制服だったから、きっと次に降りるため動いたのだろうと思った。
しかし、あろうことか自分の後ろに立っている不良の手を掴み、そしてあろうことか声を上げたのだ。
「こっ、この人チカンです!!」
………馬鹿な。
いっきに周囲から視線が集まり、そして彼女が掴んでいる手の持ち主を確認するとすぐさまその目は逸らされる。
それはそうだろう。
誰だって自分から進んで不良と関わろうだなんて思うはずがない。
そしてタイミング良く電車は駅へと滑り込み、俺を含めた乗客の一部がドアから吐き出される。