灰色スペクトル
□優等生と不良君
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さっきの女子高生が一体何を考えているのかはわからないけど、もしブチ切れた不良から暴行されでもしたらと思うと寝覚めが悪い。
どうしたものかと考えながらも、いつもの癖でホームを歩き階段を下りた俺だったが、何の因果か再びあの女子高生と不良を目撃してしまった。
人が流れていく改札口方面とは逆の、人目がつきにくい少し薄暗い一角で女子高生が不良に詰め寄っているようだ。
良く良く見ると、進学校には珍しくその女子高生は俗に言うギャル系と呼ばれる部類で、長い茶髪と濃い化粧が印象的だ。
派手な不良と相俟って、それはまるで痴話喧嘩をしているカップルのようにも見える。
「だからっ、警察に突き出されたくなかったらアタシと付き合ってよ!」
驚いた。
盗み聞きする気なんか全くなかったけれど、聞こえてきた女子高生の言葉に驚きと呆れを感じてしまうのは仕方がないだろう。
痴漢行為を盾にその痴漢相手に交際を強要するなんて、普通に考えて有り得るはずもない。
そこで何故か、俺は気まぐれを起こした。
こんな面倒臭いことに自分から首を突っ込むだなんて馬鹿がすることだ。
そんなことわかりきっているのに、俺はほんの少しの非日常に足を踏み入れてみたくなってしまった。
それが俺の人生に於ける、大きな分岐点だとも知らずに。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あの、少し良いですか?」
「何よ!!」
不意に声をかけられた女子高生は、不良に詰め寄る勢いのままに俺を睨み付けてきた。
思えばこんな有名な不良相手に、よくもこれだけ噛み付くことができるものだ。
女子高生の怖いもの知らずの度胸に感心しながらも、俺はあくまで淡々と話をはじめた。
「俺は貴方達の隣に居た者なんですけど、彼は無実ですよ」
「なっ、何言ってんのよ!」
「そもそも彼が痴漢行為を働くのは不可能です。左手に鞄を持って右手に本を持ったままどうやって貴方に触れるんですか? というか、貴方は彼に交際を強要するために冤罪をでっち上げたんでしょ? 大体彼が痴漢をするように見えますか? どう見たって女性には不自由しているはずないでしょう」
最後には少しひがみが入ってしまったが、恐らく俺の予想に間違いはないだろう。
現に女子高生の顔は青ざめ、反論しようと口を開いては出来ずに閉じたりを繰り返している。
ただ、不思議なことがひとつだけあった。
こんなにも理不尽な扱いを受けているにも関わらず、不良は一度も反論を口にしなかったのだ。
不良ならばブチ切れたって可笑しくない状況だったはずなのに怒る気配もなかったということは、もしかしたらこの女子高生に気でもあったのだろうか?
もしそうなら俺は完璧に邪魔者なんだろうけど、女子高生の強要にも返事を返さなかったことからしてその気はなかったはずだ。
きっと、多分、迷惑になった訳ではないだろう。
もうそう信じるしかない。
悔しそうに俺を睨み付け走り去っていく女子高生の後ろ姿を確認すると、俺もそそくさと人込みに紛れて改札へと急いだ。
感情がよくわからない不良に、もし八つ当たり紛いに暴力を振るわれたら堪らないと思ったからだ。
あの不良、それにしても美形だった。
女子高生が無理矢理自分のものにしようとした気持ちがわかるほど、不良の容姿は整いまくっていた。
無表情な顔は良くできたマネキンのようで、それから数日経ってもその顔が焼き付いて離れなかった。