灰色スペクトル
□優等生と不良君
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ほんの少しの非日常は、翌日にはもう余韻さえ消えていた。
ただあのやたらと存在感のある不良の姿だけが、俺の記憶にこびり付いている。
しかし日常は絶え間無く俺を追い掛け回し、彼の記憶に思いを巡らせる暇すら与えてはくれない。
そして、あの電車に彼が乗り合わせることもなかった。
確かにあんな経験をすれば、満員電車に嫌気を覚えても仕方がないだろう。
仕方ないとは思っていても、どうしてだか少し残念に感じている自分がいたりする。
あんなに恐ろしかったというのに、俺はまた彼に会いたいとでも思っているのだろうか。
平凡な俺があんなにも美形な不良に。
馬鹿げている。
彼と会ってどうしようというのか。
そもそも、こんな在り来りな容姿の俺なんかを彼のような人が覚えているはずもない。
きっと俺は、非日常を望んでいるだけなんだ。
彼という存在ではなく、彼が運んできた非日常を心待ちにしてしまっているんだろう。
そうでなければ説明がつかない。
モヤモヤとするこの気持ちはきっとストレスが溜まっているからに違いないと結論付けた俺は、放課後に繁華街へと足を伸ばすことにした。
目指すは、この街で1番大きな書店。
大型店舗に見合った充実した品揃えに、店内に足を踏み入れただけで気分が高揚してくるのを感じる。
俺は本なら何でも読む。
それこそ辞書から専門書から漫画まで。
興味があれば何にでも手を出してしまうものだから、常に財布の中身は真冬の猛吹雪状態だ。
それでもコツコツと貯めたお金で、今日は写真集を買った。
野良猫達が逞しく生きるその姿に、俺の人生を慰めてもらいたかったのかも知れない。
しかし、こんなことになるのならば繁華街になんか来なければ良かった。
そう、後になって悔やむから後悔なのだ。
書店を出てすぐ、急に腕を掴まれたかと思えば声を上げる間もなく路地裏に引っ張り込まれてしまった。
そのままの勢いで突き飛ばされ、コンクリートの壁に強か背中を打ち付ける。
「―――ッ!」
痛みに顔を歪ませる俺を見て、腕を掴んだ張本人なのだろう人物はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
どう見ても素行のよろしくなさそうな高校生が…6人。
一瞬で現状を理解してしまった俺は、これから我が身に降り懸かるであろう災いを想像して力が抜けてしまいそうになる。
これは所謂、カツアゲというヤツだろう。
しかし、今の俺に出せる金額はせいぜい380円程度。
それを知った彼等がとる行動なんて、たったひとつしかない。
逆ギレの後に集団暴行。
これは非日常へと足を踏み入れたいだなんて分不相応なことを思ってしまった俺への罰なのか。
「よぉ、兄ちゃん。その制服はお坊ちゃん学校のだよなぁ?」
「俺達お金なくて家に帰れねぇの、恵まれない子供にカンパしてくんね?」
「ブハッ! お前子供って歳かよ!」
予想通りの展開に、ついつい溜息が出てしまいそうになるのを懸命に堪えた。
ちなみに、俺が通う高校は進学校なだけで別に金持ちが通う学校な訳ではない。
とんでもなく迷惑な勘違いをしている男達の馬鹿笑いを聞きながら、刻一刻と迫る私刑という名のリンチに俺の身体は震えはじめる。
「お金は、さっき使ってしまってありませ……うぐぅっ!!」
言い終わるよりも先に、1番手前にいた金髪が俺の腹に拳を減り込ませてきた。
シルバーのゴツイ指輪が嵌まる拳の威力は相当で、貧弱な俺は簡単に地面へと崩れ落ちてしまう。