infinite

□Home, Sweetie
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「ただいま」
「あっお帰りなさい! 新さん。ご飯作って待ってたんです」
「……」
1DKのボロアパートに帰ると、やはりまだいた。この弁当の作り主。
玄関まで出迎えてきたこの男の名は一之瀬律。れっきとした男だ。
暗めの茶髪に柔和な顔立ちで、年齢不詳。20代だろうと予想している。
背は170に届く程だろうか。とは言え、つついたら倒れそうなくらい細いのでもう少し小さく見える。

空になった弁当箱を手渡し靴を脱ぎ部屋に上がると、テーブルの上には素晴しき料理の数々。
俺の顔がぴしりと石化したのは言うまでもない。
「……あのな」
「はいっ」
楚々として俺の後ろからついてきていた律は、ひょいと俺の影から部屋の中を覗き込む。
「何度も言ってるけど、こんなに俺一人で食えねーから」
「……はい、すみません」
顔を見なくても分かる。律はしょんぼりと項垂れた。

俺は小野田新、今年の誕生日で28になる。親父の知り合いの自動車整備工場で働いている。
若い頃は羽目を外してヤンチャをしていた時期もあったが、今は仕事に対しては真面目そのもの。
当時は金色だった髪もわざとらしい程の黒一色にした。切るのが面倒で多少長いが、普段は一つにくくっている。
勿論ケンカも、必要に迫られたとき以外は一切していない。
刺激は少ないが、充実した毎日を送っていた。

そんな平凡な日常が、すっかり非日常になってしまったのが一週間前。
律と出会ったその日のことだった。
夕方、その日はいつもより大分早く仕事を終えて帰路に着いていると、
「なー、兄チャン、そんな仕立てのいいスーツなんか着ちゃって、金なんかどうせ有り余ってんだろ? いいからあるだけ出せよ!」
「オラ、殴られる前にそれ渡せっつってんだよ」
低い怒鳴り声と、その後壁か何かを蹴り上げるような鈍い音が響いた。

「だ、ダメです……、これは渡せません」
そのすぐ後に聞こえてきたのは、今にも泣きそうな掠れた声。
カツアゲでもされてんのか、と慌てて角を曲がったところに、その集団はいた。
「おい、何してる」
声をかけると振り返ったのは人相の悪いヤンキー二人。一人は頭の悪そうな柄シャツを着て、もう一人は似合ってもいないのに顎ヒゲをたくわえた奴らだった。
壁際に追い詰められているのは、上等そうなスーツを着た細身の男。手には封筒を持っていた。

ヤンキー二人は眉間に皺を寄せ、分かりやすくガンをつけてくる。
「んだよ、テメェは」
「俺らはこのお兄さんと話してんの。見なかったことにして逃げた方が、身のためだぜ?」
俺もわりとガタイはいい方だが、このヤンキー達も同じくらい背丈がある。
こちらは一人、相手は二人。だが、全く怖くは無かった。
「黙ってんじゃねぇよ、テメェ!」
怖気づく様子のない俺に焦れたのか、ヤンキーの一人、柄シャツが大声を上げていきなり俺の胸倉を掴んできた。
その手首を咄嗟に掴んで、ひょいと捻りあげる。
「痛えッ!」
柄シャツが野太い悲鳴を上げた。

「なっ……!」
驚いたもう一人のヤンキー、顎ヒゲのほうが拳を握って殴りかかってきたのを片腕の真ん中で受け止め、そのまま流してよろめいたところをすかさず膝蹴り。
「ぐはっ」
狭い路地裏、上手に動かないと壁にぶつかる。
案の定顎ヒゲはコンクリートの壁にゴツンと頭を思い切りぶつけ、
「ぎゃっ!」
勝手に崩れ落ちた。

 
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