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□花は黒馬に奪われる
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―――それは今から一千年よりもずっと遠い昔。
黄河と長江にそって栄えた広く肥沃な国土を持つ大国の、小さな貧しい村に生まれた二人の子どもの話。

都から遠く離れたその村の、とある年のこと。
李(リ)家には、暁(シャオ)と呼ばれる赤ん坊が、孟(マオ)家には偉(ウェイ)と呼ばれる赤ん坊が産声を上げた。
どちらの男子も、産まれたときには村中に響き渡る程の大声で泣き、村のものを飛び上がらせたという。

その集落は、とても貧しい村であった。
三十戸にも満たない小さな集落で、森の中腹にあり交通の便が悪い。川に囲まれて村から村への流通から道一つ外れている辺鄙な土地である。
自然からの恵みと、出稼ぎと。その日暮らしで食い扶持を稼ぐ村人達は、この村を含め辺りの集落一帯を支配する領主の元、厳しい税を押し付けられて、一日の食事を得ることすら大変な状況であった。

しかし、そんな中でも、村人達は幸せであった。
自然に囲まれ、互いを信頼しあい、そして小さな新しい命が生まれてくるこの村で、足るを知りつつ幸せに暮らしていた。
李家のシャオも、孟家のウェイも、そんな貧しい村で健やかに育っていった。
産声から張り合っていたと幾度も笑い話にされるシャオとウェイは見ようによってはこの上ない好敵手。
しかし、本人同士は物心ついたときから互いを目の上のたんこぶと言ってはばからず、顔を合わせれば悪態をつき、村の子ども達には犬猿の仲だと囃されていた。

「こっちは俺の陣地! 入ってくんなっ」
「こっからここまでが俺の陣地だろ。お前があっち行けよ!」
小石を投げて陣地を広げる遊びではこの調子。
「俺が一番だ! 足一歩分速かった!」
「違う、シャオは俺の後ろだった。俺の方が腕一本分前に出ていた」
駆けっこをさせればこの調子。

始終こんな具合なので、取っ組み合いの喧嘩などしょっちゅうだ。
シャオは目の周りを青くして、ウェイは鼻から血を出して、大泣きしながら家に帰っては、二人とも両親にゲンコツを貰い、李家と孟家からは更に大きな泣き声が響いた。
生まれた年も同じ、背格好も同じ。元気のよさも、声の大きさも、意地っ張りな性格まで似ている。
二人が犬猿の仲と呼ばれるほどに喧嘩をしあうのも、例え十を数えたばかりの子どもであっても、男同士としては当然といえば当然かもしれなかった。

シャオは利発そうにきりりとした顔立ちと、美しく長い睫毛に縁取られた丸い瞳が印象的な子どもであった。
母から受け継いだ、美しく緑為す黒髪の持ち主で、それをいつも頭頂部で結わえている。
シャオが走ればその髪は左右に揺れて、人々の笑顔を誘った。

対してウェイが持っていたのは父譲りの意思が強そうな眉と人を射抜く強い瞳。
黒い髪はツンツンと跳ねて、ヤンチャな性格がそのままに現れているかのようだったが、いつも子どもらしからぬ不遜な態度で、悪戯をしては懲りずに村人に叱られていた。

 
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