infinite

□花は黒馬に奪われる
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麻で縫われた白のゆったりした子ども服を着て、狭い村中を走り回る。
夏の暑いときには川遊びをして遊ぶこともあった。
服を脱いで裸になって、浅瀬へ飛び込む。きらきらと水滴が弾け飛んで、太陽を反射した。
「やった、魚捕まえた!」
「おせーよ、俺はもう二匹目だ」
「何言ってんだよ、そんな小さいの二匹だろ。こっちはそれよりもっと大きいの!」
二人にとって口喧嘩は日常茶飯事だ。

一緒になって遊んでいた子ども達に、
「そんなケンカばっかりするなよ。うちのとーちゃんとかーちゃんだって、シャオとウェイほどじゃないぜ」
などとからかわれる始末。
それでも仲良くするなんてことは当然無くて。
「ふん」
顔を見合わせれば互いにそっぽを向いた。

そんな二人は互いに競い合って、村で一番大きな木に上り、太い枝の上に座って村を見下ろすのが日課だ。
「シャオ、あっちが都だぞ」
「知ってらあ。偉そうに言うな、そんなの、村中が知ってることなんだから」
「ふん、お前はいつもぼうっとしてるからな。せっかく教えてやったのに可愛くないヤツ!」
木の上に上った瞬間はいつも二人して、その遥か彼方まで見渡せる眺望に感嘆の溜め息をついたものだが、すぐに互いに悪態を吐き合っている。
歳を数えれば十を超え、いつの間にか十二を数えても二人の関係は変わらなかった。

ゆらゆらと揺れる木の枝は、風が吹くのにあわせてさざめく。
緑の大きな葉が日陰を作ってくれて、二人は大ぶりの枝に両足をかけて木の上から遠くを眺めた。
森を越え、川を越え、村々を抜けて街を通り、ようやく辿り着くのが憧れの土地。
話には聞いているが、きっと一生行くことは無いかもしれない。
それが、シャオとウェイにとっての都であった。

父も母も、村長ですら都へは行ったことが無いという。
村で唯一、昔戦のときに出兵したことがあるというシャオの叔父だけが、都を見てきた人間だ。
それがシャオの叔父、李(リ)家の秀英(シューイン)である。
秀英は酔っ払うと二人の子ども、シャオとウェイの首根っこを捕まえて同じ話を何度もしたものだった。
「都は凄い。何もかもあるぞ。頭がものすごくいいか、力が物凄く強いか、悪巧みをする人間だけが、上手くやっていける。食べ物も、飲むものも有り余るほどあるのに、貧しい人間もたくさんいるのだ」
「おじさん、酒くさい」
「ん!? そうか、くさいか!」
ガハハ、と大口を開けて笑う秀英の口からは、アルコールの匂いが香って、ウェイもシャオもそれだけで酔っ払ってしまった。
何度も語られた叔父の言葉はぼんやりした頭の中にいつしか刻み込まれて、都は二人にとって憧れの土地になっていった。

「あんなに金があるのになぁ、どうして貧乏人からもっと取り上げようとするんだろうなぁ、金持ちは」
いつも明るく粗野な叔父であったが、時折寂しげに呟くこともあった。
この村は貧乏だが、人々は幸せに暮らしている。
しかし、辺りの村では口減らしが行われているとか、女が体を売って稼いでいるとか、酷い現実が罷り通っていることも確かであった。

今は貧しいながらも慎ましやかに暮らすこの村も、いつそんなことになろうかとも分からない。
「領主さまに逆らってはいけないよ」
村に課せられる税は、この辺りの土地をまとめる領主の匙加減一つ。
シャオもウェイも、小さい頃から大人たちにそう言い聞かされて育ってきた。

 
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