infinite

□花は黒馬に奪われる
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木々がざわざわと枝を揺らす。
夏の焼けるような日差しも、この木の中にいれば届かない。
涼しい風が、首筋の汗をひんやりと乾かして通り抜けた。
「都は遠いな」
「うん、遠い」
「でも俺は絶対に行くぞ。行って、金持ちになって、この村をもっと豊かにするんだ」
ウェイは瞳を輝かせて、遠くを見ている。
そんな横顔を見て、シャオは鼻を鳴らした。
「言っておくけど、都はものすごく頭がいいか、ものすごく力が強いか、あとは悪いヤツしか生き延びられないんだぞ。ウェイには到底無理だな」
ツンと言ってのけるシャオを、ウェイは睨みつけた。

「はっ、お前に言われたくねぇよ。俺のほうが力は強い」
「剣は俺に負けてるくせに」
「何言ってんだ、取っ組み合いじゃシャオのほうが負けてるじゃねぇか」
木の上でぎゃあぎゃあと言い争いをする二人の声を聞きつけて、村の子ども達が呼びに来た。
「おーい、秀英叔父が呼んでるよー、剣の稽古だって」
と、小枝が折れ、緑の葉が落ち、バキバキと大きな音をさせながらウェイとシャオが満身創痍で落ちてきた。
どうやら上で組み合っているうちにバランスを崩して落っこちて来たらしい。
「い、……痛い」
「ッ……」
顔や腕中枝で擦り剥いて傷だらけ。
目には互いに涙を溜めている。
そんな二人を見て、子ども達は堪えきれずに吹き出したのだった。


秀英は、村の子ども達を集めて暇なときには剣の稽古をつけていた。
酔っ払ったときには、昔々の武勇伝を自慢げに語る秀英である。
その中でもとりわけ剣が上手かったという話を聞いて、ウェイとシャオが自分も使えるようになりたいとねだったのが始まりだった。
遊びの一環として始まったこの稽古だったが、二人の上達ぶりは目覚しいものがあった。

村の広場で、竹製の刀がぶつかり弾け合う。
弾けた衝撃で一瞬身体の自由がきかなくなるシャオに、ウェイが刀を振りかざした。
まっすぐに振り下ろされ、その切っ先が弧を描く竹刀。
二人の息遣いは激しい。
「シャオ危ないっ」
周りで囃し立てていた子ども達の一人がシャオに叫んだ。

ウェイが「勝った」と思った瞬間。
竹刀を振り落とした先に、つい先までいたシャオの姿は無かった。
シャオは花びらが舞い落ちるようにひらりと身をかわし、片足を軸に一瞬でその背後へ回っている。
「ウェイ、後ろ!」
子どもの高い声が上がったときには、ウェイは背中を竹刀で打たれて、つんのめるようにして地面に膝をついていた。
わあっ、と歓声が上がる。

「これで俺の百勝目だな、ウェイ」
「くっそ……ぉ」
膝をついたウェイは、背後から聞こえてきたシャオの勝ち誇った声に悔しげに呻いた。
すぐに立ち上がって、きっと睨むが結果は結果。
「くそ、なんで勝てないんだよ!」
「ウェイは動きが大振りすぎるんだよ。シャオの反射神経ならその次の動きがすぐに予測されてしまうだろ」
悔しげに顔をしかめるウェイの頭を、秀英は楽しそうにぽんと叩く。
大きな手に髪をくしゃくしゃにされて、ウェイは益々しかめっ面になった。

背丈も同じくらいで性格も似たもの同士。
数々の勝負でも勝ち負けは五分五分。
それなのに、何度やっても剣の腕だけはシャオに叶わないことが、ウェイには悔しくて堪らなかった。

 
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