infinite

□花は黒馬に奪われる
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こうして、貧しくも元気良くすくすくと育っていったウェイとシャオだったが、……とある日の事、事件は起こった。

すっかり日も暮れた夜だった。
大人達が集会をする屋敷に集まっているのを、ウェイとシャオは入口の木扉の影からこっそりと見ていた。
「……こら、ウェイ。何をしてるの、はやく帰って寝ていなさいと言ったでしょう」
ちょうど外から屋敷へ入ろうとしていたウェイの母が二人の姿に気付き小声でそっと咎める。
「何やってんの? 宴会?」
「……誰か知らないやつがいる。あいつ、誰だよ」
戸口からそっと覗いた視線の先には、でっぷりと太った肌艶のよい男。
普段なら村長が座るべき上座にでんと構えて胡坐をかいている。

ウェイの母はしっと唇に人差し指を当てた。
「この辺りの村をおさめている領主様がいらっしゃってるのよ。いいから静かにしていらっしゃい」
「領主!?」
「それって金持ち?」
ウェイとシャオの目がきらりと光る。
「ええ、高貴な身分の方です。あの方を怒らせたら大変なことになるんですからね、くれぐれも悪戯はしないのよ、二人とも」
きつく言い聞かせて、ウェイの母は小さな酒の樽を抱えて屋敷へと入っていった。
しかし、そう言われたくらいで大人しくなる二人ではない。


屋敷では宴が真っ盛り。
「さあさ、領主殿、酒が参りましたぞ」
酒樽が置かれると、大きな杯には並々と酒が注がれた。
さぞ良い物を食べているのだろう太りっぷりの領主は遠慮なく杯を受け取り、
「はっは、有り難く頂こう。いやはや、少し足を伸ばそうと思えば、こんなところで一晩越す羽目になろうとはのう。この辺りは本当に交通が不便じゃ。馬も役に立たん」
「ええ、左様で」
森の中腹に位置するこの小さな村は確かに領主の言葉通り、交通の便が悪い場所にあった。
一晩のうちに森を越すことを諦めた領主は、自らの支配する領地内のこの村で一晩を越すことにしたのだ。

この領主は良くない噂を数多く纏っていたが、権力者に逆らえば村の一つなど簡単に潰されてしまう。
村長をはじめ村の大人たちは領主に平伏し、村を挙げて歓迎の宴を催した。
酒樽や、年に一度しか食べられない豪華な食事を用意し、村の綺麗どころを領主の側へ侍らせた。

「あ、玉紅(ユーホン)だ」
「えっどこ?」
村で一番美しい、ウェイとシャオにとっては憧れのお姉さんのような存在である玉紅。
その玉紅が領主の隣に座って酌をしているのを見つけたウェイが、戸口の影に隠れて呟いた。
ウェイに場所をとられて見えないシャオ。
「見えないよ、ウェイ。おい、ちょっと退けよ」
「嫌だね」
「退けってば、ウェイ!」
「嫌だって言ってんだろ……あ、ちょ押すなってば……っと、ととと、うわっ」
戸口の側で押し合い圧し合いしていると、ウェイがバランスを崩した。
「わぁっ」
釣られてシャオもウェイの上に乗っかるような形で転げ込み、
「……あいてっ」
戸口をバンと大きな音を立てて突き破るようにして、二人、屋敷の中へ転がり込んでしまった。

飲めや歌えと盛り上がっていた宴会も、突然の小さな侵入者の存在に一瞬時を止める。
「こらっ、あんたたち!」
ウェイの母が慌てて立ち上がり、扉まで駆け寄った。
「ご、ごめんなさい……」
何とか立ち上がった二人が、怒られると思って肩を竦めたそのとき、
「はっはっは、まあよい、まあよい」
上座に腰を据えていた領主が声をかけた。
ウェイとシャオは俯いていた顔を恐る恐る上げる。
領主はシャオを手招きした。

 
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