己を求む温もりは

□3
1ページ/1ページ

「王印は?」

問い掛けると「わかりません」と何とも情けない応えが返って来た。
隊長はどこにいるのだろう。
雲の中に飛び込んで行った隊長。
隊長ならば王印が奪われるはずがない。
あの人に勝てる人なんていない。
あの人は天才だから。
そして、とんでもない努力家だから。
だから、大丈夫。
安心できる。
でも、この胸騒ぎは何?
今朝から感じてるそれ。
雛森と話してからいっそう深まった。

「乱菊さん。……日番谷くんが無茶しないように見ててあげてくださいね」

いつもより顔色の悪い表情に、思ったよりも深い言葉なのではないだろうか……そう思った。
いつも見てて怒りたくなるくらい無茶をする隊長を、気遣っているつもりだ。
それには自信がある。

「副隊長、あれを……!」

十番隊士の声に顔を上げる。

「隊長……!?」

あたしは驚いた。
あの隊長が押されていたから。
でも隊長が打ち合いに集中できていないのはすぐに分かった。
どうして……?
隊長らしくない。
何に気を取られているのか分からないまま、灰猫に手をかける。

「顔を見せろ!」

隊長が相手の刀を押さえ込み、仮面に手を伸ばした。
それをかわした敵は煙の中へ姿を消す。

「待て!」

隊長にしては珍しいひどく取り乱した声。
まさか王印を奪われた……?

あたしはそんな危惧をして「隊長!」と呼び掛ける。
隊長は少し顔を向けて、あたしを見た。
隊長……?
今まで見たことのない表情だった。
つらそうな、哀しそうな表情。
いろんな負の感情が織り混ざったような瞳に息を呑む。
"どうしたんですか?"……いつものように聞けたらどんなに良かっただろう。
咎めるように言えばいつものように"何でもねぇよ"って……そう言ってくれますか?
あなたが心配かけまいといつも隠してるの知ってます。
いつの間にかそれが分かるようになった。
でも今の隊長は何も隠し切れてない。
あなたでも隠し通せないほどの悲しみがあるんですか?
ただ見つめるあたしに何も言うことなくあなたは消えて行った。
背中の十の文字と共に。
あなたも結局、背を向けるんですか?
……ギンのように。
あたしは自嘲するように口角を上げた。
初めて思った。
隊長……いつものように何でもなさそうに隠して下さいよ、なんて。
雛森、ごめんなさい。
せっかく伝えに来てくれたのに隊長を行かせちゃった。
きっと、あの人ひとりじゃたくさん無茶するわ。
あたしはなんて傲慢だったのかしら?
隊長を止められる気でいた。
隊長のことを一番知ってるって思ってた。
だって雛森よりも、もうずっと長く一緒にいるのはあたしだもの。
でも無理に決まってるじゃない。
本気の隊長を止めることが出来るのは、たぶん雛森だけ。
あたしに出来ることなんて……。
あたしに出来ることって何だったんだろう?
あたしは灰猫にかけていた腕をおろした。
周りの喧騒が徐々に聴こえ始める。
あたしは頭を思考から、隊長の背中から逸らすように振った。
不安そうな、心配そうな表情の十番隊士を見る。

「護廷十三隊本部に連絡!被害状況、確認して!」

あたしの声と表情に隊士たちは安心したように返事をする。
この子たちは気付いていないのだろう。
きっと隊長が敵を倒して戻って来てくれるって信じて疑わない。
だって相手はあの隊長だもの。
でもきっと傷付くわ、この子たちは。
だってさっきの隊長の目を見た?
あれは自分の帰るべき場所を捨てた人の目。
すべてを捨てて旅立った人が戻ってくるなんて……。
隊長なら尚更よ。
あんな意志の強い人なら尚更……。
空を見上げると驚くほどに澄んだ青空で。
不意に壊したくなるくらい平和な空だった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ