頂を目指す二ノ姫
□越前リョーマとテニスの女王様
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それから数十分後のこと。
一台の車が青春台駅に着いた。
『道が混んでたせいで少し遅れちゃったわね、スミレちゃん』
「まあ仕方ないさ。アタシはちょっと孫を連れてくるからここで待っときな」
『了解』
そう言って青春学園中等部テニス部顧問、竜崎スミレは車から降りて行った。
その後ろ姿を眺めていた少女、神崎桜は酷く真剣な表情で前を見つめた。
腰のあたりまである青みがかった見事な黒髪に透けるような白い肌。
美少女と誰もが口を揃えるだろう少女は、静かに後部座席に座っていた。
先ほどの浮かれぶりがまるで嘘のようで、神秘的なアメシストのような紫色の瞳には緊張の色が見える。
『(最初は気付かなかったけど、とうとう始まった。あちらももう"入ってる"し、遂にこの時が来た、のね……)』
本当は分かっていたはずだ。それでも、いざ突きつけられると身が竦む。まるで―――のようだ。
膝の上に置いた手を、血管が青白く浮き出るほど強く握り込む。何かに耐えるように細められた目は何も映していないようだ。
『…まぁ、動き出した歯車は止められない。私は、私に出来る最良のことをしなくちゃ……』
そう自分に言い聞かせるように呟いた桜は、ふと窓の外に視線を移した。
ちょうどそこにスミレと、彼女についてくる小柄な三つ編みの少女が目に入る。
『(あれがお孫さんか。なんか可愛らしい)』
「待たせたね、桜」
『いいえ。そんなに待ってないわよ』
運転席に座ったスミレに朗らかに笑うと、助手席に座りこんだ少女とルームミラー越しに目が合った。
少女は後部座席に座っていた桜を不思議そうに見ていたが、桜と目が合った瞬間顔を真っ赤にした。
勢いよく振り返り、ポーッと桜の顔を見つめた。
「(すごい、綺麗な人…)」
「ああ。桜乃ちゃんは初対面だったね。そいつは神崎桜。今度桜乃ちゃんが入学する青春学園の3年だよ」
『よろしくね』
にっこりと花が咲いたように笑う桜にまるで夢から覚めたようにはっとして少女は頭を下げた。
「は、はい!私、竜崎桜乃って言います!!」
慌てる桜乃に桜は目を輝かせた。ちょこちょこと動きが小動物の様だ。
『可愛いお孫さんねぇ。スミレちゃんが羨ましいわ。私のことは桜でいいからね』
「は、はい!」
「なんだい桜。お前さん思考が年寄りみたいだねぇ」
スミレの何気ない一言に、桜は微かにビクついた。しかしスミレは気付いておらず、車は滑るように目的地へ向かう。
『…そう?まぁいいじゃない。ね、桜乃ちゃん?』
「あっはい…そうだ。あの、桜さん…も、テニスを見に行くんですよね」
『ええ。スミレちゃんに誘われてね』
嬉しそうに目を細める桜にスミレも楽しげに笑う。
「今日の大会はどいつもこいつも小粒ばっかの試合だろーけどさ。桜には言ったけど、アタシの教え子の息子が出場しててねー」
そこまで聞くと、桜乃が心配そうにスミレの言葉を遮った。
「あ、あのおばあちゃん…もしさ、試合に遅刻しちゃうとどうなっちゃうの?」
頼りなげな桜乃の声。それに答えたのは桜だ。
『あぁ。それは
Def。「失格」になっちゃうわ』
「ええっ!?」
叫んだ桜乃は血相を変えて会場に着くまでの間そわそわとしていて、
目的地に着くなり車から飛ぶように降りて走りだした。
「あ、おばあちゃん。私あっち見てくるね!!」
「おかしな子だね。気をつけるんだよ!!」
慌てて会場に入っていく桜乃の背中にスミレの声が飛ぶが桜乃はそのまま行ってしまった。聞こえていたようには思えない慌てっぷりだ。
桜は彼女の様子が気になって、桜乃の向かった方に足を向けた。
『私、桜乃ちゃんが心配だからついて行くわ』
「わかったよ。頼むね」
桜はもう姿が見えなくなった桜乃を追いかけて走りだした。スミレはそれを見送って、ふっと息をついた。
「さて………例の王子様はどーなってんだろうねぇ」
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