頂を目指す二ノ姫

□黒い軍団不動峰
1ページ/3ページ




告げられた言葉に誰もが耳を疑った。


「えっ!?柿ノ木中が負けた!?」


その情報に、桜は次の言葉を待った。その表情は何かを思案しているように複雑だ。

「まさか、都大会出場候補だぜ?」
「でも掲示板に」

訝る桃城に、情報を持ち帰った荒井も自分が見てきたものが本当なのか疑っているようだった。それでも、今しがた見てきた事実を口にした。

「で、決勝はどこになった?」
「不動峰中…ノーシードです」
「不動峰中!?昨年の新人戦の直前暴力沙汰で出場を辞退した?」
「オレあそこの顧問嫌い。エラそうで」
『私も苦手だわ。生徒がコーチをやってるなんてどうかしてるって嫌味言われたし』

眉を下げて心底嫌そうに話す菊丸に桜も頷く。当時の事を思い出してあまりいい気分はしない。
確かに言っていることは正論なのだが言い方というものを習わなかったのかと当時は憤慨したものだ。

『(それにしても、こういうことだったわけね……さてどうなるかしら……)』
「桜に言われていたから試合を見てきたけど、まったく別物だったね。選手は全員新レギュラーだ。部長以外はすべて2年生。顧問も変わったらしい。カギを握るのは実質的に監督も兼任している部長の橘という男…」
『橘…』
「どうしたんスか?桜先輩」
『あ、なんでもないわ』

桜の無意識の呟きに海堂が反応したが、桜は曖昧に言葉を濁した。手塚も何か考え込んでいるようでずっと沈黙している。

そこに、まさかのタイミングで黒いジャージを着こんだ一団がやって来た。

「わわっ!!不…っ」
「不動峰!!?」

彼らは迷うことなく手塚の元に歩いてきた。桜はその先頭を堂々と歩く男に昔の記憶を辿った。そして見覚えのある顔に辿りつくと口角を上げる。

『(やっぱり、ね)』
「おいでなすったか」

不敵な笑みを浮かべる少年たちを伴った彼は、堂々と手塚の前で立ち止まった。

「手塚だな。俺は不動峰の部長、橘だ!!いい試合をしよう」
「ああ」

無表情でお互い視線を合わせ、手塚は差し出された手を力強く握った。手を離した橘は、視線を横にずらして桜を見た。

「それで、こっちがあの有名な『見抜く者』だな」

確認するように問われた桜は中学生とは思えない大人びた笑みを浮かべた。

『神崎桜よ。よろしくね』

桜も橘と握手を交わし、何かを探るような眼で不動峰を、橘を見つめた。その視線に橘は目を細める。

「(なるほど。全てを見抜く目を持つ敏腕マネージャー。噂通りだな)」

橘は桜のその目を見て納得すると、逆に桜を観察するように見返した。
傍から見れば無言で見つめ合っているように見える。しかし実際は腹の内を探り合っている静かな攻防戦が繰り広げられていた。桜は読み取れる情報の少なさに内心感嘆した。

『(流石といったところかしらね。強いわ、この人。でも、あっちの心配はいらないみたいね)』

肩の力を抜いた桜に、橘も尊敬の念の様なものを抱いていた。

「(選手として申し分のない強さに加え、選手のケア、メンタルのサポート。コーチとして的確なアドバイスに戦略。どれも高い能力を備えている)ウチにほしい人材だな」
『え?』
「「「「はっ!?」」」

口をついて出てきた橘の言葉に桜は首を傾げ、青学は目を剥いた。無意識の言葉であったが橘はなおも続ける。

「……不動峰に来る気はないか?神崎」
「!?」
「橘さん!?」
『(この人……)』

突然の誘いに青学は勿論不動峰の選手も慌てた。しかし桜だけは橘の視線から目を逸らさない。彼の真剣さが伝わってくるようだったからだ。
数秒見つめ合った後、全員が見守る中桜は静かに口を開いた。

『申し訳ないけど、不動峰に行く気はないわね。私は青学のマネージャー兼コーチだから』

きっぱりとした口調に橘は笑った。そう言われるのは分かっていたのだ。その目にはもう先程の真剣さはない。

「そうだな。言ってみただけだ」
『試合を楽しみにしているわね』
「ああ」

そう言い合って二人はゆっくり離れた。それを待っていたかのように、静かに見守っていた手塚が桜の肩を掴んで自分の方に引き寄せた。ふらついた桜は橘を見る手塚の表情がいつもより険しいことに首を傾げた。

『(怒ってる……?)』
「(あの様子じゃ桜は気付いてないな)」
「(むー。いいなぁ手塚)」
「(幼馴染の特権ってやつかな)」

乾たちは三者三様の思いを募らせていた。


.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ