頂を目指す二ノ姫

□都大会2週間前
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「悪いが…お断りする!」


『申し訳ございませんが、そのようなことは今お受けしておりませんので』


受話器にそう言ったスミレと桜は同時に受話器を置いて溜息をついた。その表情には疲れが見てとれる。

「すまないね、桜。アタシだけだと捌ききれなくてね。もう戻っていいよ」
『別にいいわよ。外に出てるとカメラの音とかビデオの音とかうるさいからうんざりしてたのよね。国光とかだけ撮ってればいいのに』
「アッハッハ。大変だねぇお前さんも」

他人事のように笑うスミレに苦笑して桜は教官室を後にした。その姿を見送ってスミレは背もたれに寄りかかった。

「どこもかしこも青学との練習試合を申し込みにきてる…相当気になっとるな。フフ…手塚目当てか桜目当てか、それとも」

また電話の音が鳴り響く。





コートに向かう道すがら機械音がついて回り、桜はこめかみを押さえた。マネージャーじゃなくて選手を撮れ、と言いたくなるのを我慢してジャージを直してコートに入る。
コートの一角に手塚と河村、大石が集まっているのでそこに足を向けた。

「お帰り桜。お疲れ様」
『ありがとうタカさん。ほんと肩凝ったわ』
「かなり電話が来ていたみたいだな」
『ええ。他校のテニス部からだった。それにしてもすごい偵察の数よね。ここに来る間私までずっと撮られてたわ』

桜はうんざりしたよう顔を顰めて肩を落とした。今この瞬間にもレンズを向けられているようで苛々する。

「これじゃあ他校の桜のファンが隠し撮りしていたとしても分からないな」
『ちょっと秀一郎!怖いこと言わないでよ』
「……気をつけるんだぞ、桜」
『……国光に言われると余計怖いわ』

真面目に目を見て言う手塚に桜は低い声で呟いた。冗談を言わない彼が言うと現実味というか真実味が増して嫌な予感がしてしまう。気を取り直して桜は先程から気になっていることを口にした。

『ところで何人来てるのかしら、偵察』
「乾が言ってたよ。49人だってさ」
『49人!去年と一昨年の平均に比べると1.75倍増えてるわね』
「覚えてたのか」
『これでもマネージャー兼コーチだしね』

面白そうに目を細める桜を手塚は感心したように見つめた。相変わらずの有能ぶりだ。

「(さすがだな…)」
『そうそう。都大会出場校も出揃ったわね。どこも強敵ばかり』
「ああ。常連組の氷帝学園に、他にはJr.選抜経験のある千石君が率いる山吹中が今大会の台風の目になりそうだ」
「それと、地区2位の不動峰!」
『そうね』

一筋縄ではいかない戦いの連続になるだろう。手塚はそれぞれの顔を見回してコート中に声を張り上げた。

「よし。サーブ&ボレーだ。2年はレシーバーに入れ!」
「はい!!」
「ううっ。なんかもり上がってきたね!」
「うん」

桜はドリンクを作り洗濯物を干して、と仕事をする傍らコーチ業もこなしていた。ノートに選手のコンディションや練習の成果、苦手コースなどを書き込んでいる。
それが丁度一段落したころ、ドリンクの量が少なくなってきているのに気が付いた。

『さすがねぇ。ドリンクの減りも早いわ』

彼らの練習量の多さが伺える。桜は嬉しそうに部室に足を向けたが、その直後同じクラスの女子テニス部員に呼び止められた。

「桜ちゃん!!」
『あら?どうしたの?栞ちゃん』

ショートカットの藍色の髪を激しく揺らしながら走って来たのは、いつもは柔らかい漆黒の瞳を吊り上げて、校則違反のネックレスが上下しているのもお構いなしの少女、初瀬栞だった。

『栞ちゃん、ネックレス見えてるわよ』
「そんなことはいいんだよ桜ちゃん!!」

栞は桜の肩に手を置き、頬を紅潮させて彼女を揺さぶった。

「聞いて桜ちゃん!!オレンジ色の髪した他校の男子生徒が来てるんだけど、なんかいやらしい目でこっち見てくるの!!だから桜ちゃんも気をつけてって言いに来たの!!!」
『わ、分かった分かった栞ちゃん』

興奮する栞に桜は落ち着いてと肩を叩き、栞はハッとして手を離した。息を整える彼女に桜はネックレスを直してやりながら笑顔で頷いた。

『わざわざありがとう』
「あ、うん。桜ちゃんが一番危ないと思って、つい練習抜け出してきちゃった」
『もう。すぐに練習に戻って。レギュラーなんでしょ?』
「うん。じゃあね!!」
『頑張って』

元気いっぱいに手を振って元来た道を駆けて行った栞を見送りながら、桜は彼女からもたらされた情報に思考を巡らせていた。

『(オレンジ色の髪で女の子を見ていた…か。もしかして千石君……かしらね。山吹も動きだしたか)』


自分が元々持っていた情報とも合致する。次第に騒がしくなる周囲に口角を微かに緩めながら、桜はそのまま部室に入って行った。

『(そういえば、あいつも髪オレンジよね。ここまで違うものなのね…)


!』


目を伏せた桜はハッとしてポケットに手を突っ込んだ。取りだしたのは義魂丸。桜はそれを勢いよく呑みこんだ。

『なんでこう沈んでる時に来るのかしらね……梢、後よろしくね』
「はい、桜様。お気をつけて」

頭を下げた梢に今度は見送られて桜は部室を飛び出した。





その姿を見ていた者がいたことを彼女は知らない


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