頂を目指す二ノ姫
□越前リョーマとテニスの女王様
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「ゲームカウント5−2 越前リード」
ポーン ポーン ポーン ポーン ポーン ポーン
サーブを打つリョーマは、ボールをコートに跳ねさせた。それは1回や2回であるなら通常の事だが、彼は長かった。佐々部が鼻を鳴らす。
「ビビってるくせに、一丁前に。はよ打てっつーの!」
ポーン ポーン
長いモーションの後、リョーマは桜も感心する綺麗なフォームでサーブを打った。しかし、その球は不可解な動きをした。
球が佐々部に向かって跳ね上がったのだ。
「(―何だ。今のは!?)」
『今の…』
「………」
「おい…今のサーブ。逆に曲がんなかった?」
通常のサーブはコートの外に跳ね上がるが、リョーマのサーブはコートの中、相手に向かって跳ね上がった。
普通ではありえないことに高校生たちも驚き、桜もまたボールを握るリョーマをジッと見た。
「15−0」
ポーン ポーン ポーン
「あれってもしかして…」
ギュウゥ!!!
「ツイストサーブってやつか!!?」
今度跳ね上がったボールは見事佐々部の顔面に直撃した。無様にも尻もちをついた佐々部は、今起こったことが信じられないように目を見開いた。
「バカな…ツイストサーブゥ」
「スゲェ。初めて見たよ!!!」
「あんなキレのいい変化、大人でもめったに打てねぇぜ」
『(一般にみんなが打つ左回転のスライスサーブの逆回転。なのに打球はスライスと違ってトップスピン気味に跳ね上がる)本当に面白いわね』
またボールをバウンドさせ始めたリョーマの静かな怒りに桜は目元を和ませる。
スミレも満足そうであり、高校生の愕然とした表情も桜を喜ばせる要因だった。
そしてとうとうゲームは40−0まできた。
ポーン ポーン ポーン ポーン ポーン ポーン
ポォーン
「くたばれ」
その鋭い眼光に射抜かれ、佐々部は情けない顔でラケットを顔の前で盾にした。しかし、
「バーカ」
大きな弧を描き、サーブはリョーマの口調と同じように緩やかに佐々部のコートへ入った。
「ゲームセット!!」
呆気ない終わり方に高校生は最早声も出ない。桜乃は呆然と勝者を視界に入れていた。
「勝っ…ちゃった…」
『お見事』
つい拍手を送る桜。しかしその拍手の音でハッとした佐々部は納得できず、リョーマに詰め寄って続行を申し込んだ。ため息をつかんばかりにスミレが肩を落とした。
「あきらめの悪い男だねぇ。何度やっても越前リョーマには勝てないよ!!」
スミレが止めるが、佐々部は聞かずに暴言を吐いてコートへと向かう。
リョーマも応じてサーブを打とうと構えた。それを見てスミレは桜を見下ろして問いかけた。
「桜は分かったかい?アタシの言っている意味」
『それって』
「よっしゃ。もう一回サーブからやれや!!――…あれ」
腑抜けた声を上げた佐々部と、ラケットを持ち替えたリョーマを見ずに桜は答えた。
『彼が左ききってこと?』
「その通りだよ。さすが"見抜く者"だねぇ」
ギャンッ!!!
左手でのサーブは右手の時よりも数段スピードとキレが上がっていた。なにより振り抜き方が違う。
桜は先ほどから感じていた違和感の正体が予想した通りだったことに満足の笑みを零した。
「じゃあ今まで」
「利き腕と逆であれだけのプレーを」
『(アイツによく似てるわ)』
桜はいつも堅い表情をしている幼馴染みの顔を思い出した。
その後、係員に見つかったがスミレが取り持ったことによってお咎めなしとなった。
家に帰った桜は、本棚からもう何十冊になったか分からないノートの一番新しい一冊を取り出した。
昨日のページを読み直し、その後に今日の出来事を書き入れる。そして小さく、誰もいない無機質な部屋で呟いた。
『さてと。王子様はこれから何を見せてくれるのかしらね』
――今日、柿ノ木坂ジュニアテニストーナメントに王子様がやって来た。
彼は後の青学の要となる人物。
物語の始まりを、私は確認した。
→atogaki