夜空を纏う四ノ姫

□赤子
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産声を上げなかった赤子
それは人ではない者も、
まだ運命の鍵と出逢わざる者も、
籠の中に入らざる者も同じ...







――某日、イタリア


一つの窓もない部屋にある重厚な椅子に一人の老人が鎮座していた
その老人は突如感じた何者かの気配に武器を手に取り警戒心を露わにした


「誰かな」


普段は優しげに和ませているだろう目元も、今は険しい
人の上に立つ者の威圧感と殺気が部屋中に広がる
その老人の態度に苦笑したような気配がした





『……さすが、ボンゴレファミリーの9代目ね。すごい殺気だわ』





鈴を転がすようなと形容するに値する、涼やかな女の声だ

含みを持たせた女の声にさすがに老人、イタリアンマフィア『ボンゴレファミリー』の9代目は驚いた
相手が女で、その声にわずかに親しみが込められているように感じたからだ
しかしいくら女だと分かっても油断はできない
この部屋はボンゴレ本部の中でも最高レベルのセキュリティの施された場所だ
そこに誰にも気付かれずに侵入できるほどの実力を持った正体不明の相手
警戒を強めこそすれ、武器の構えを解かないのは当然である


「どちら様かな?
人の家に無断で入るのはあまりにも礼儀がなっていないと思うのだが?」

『そうね。それについては謝るわ
ただ私にも色々と都合があってね
こんな形での訪問を許していただけないかしら』


そう言って一歩暗がりから出てきた女の姿を認識した途端、老人は武器を落としかけた

艶やかな、腰のあたりまである青みがかった黒髪に妖しく光る紫水晶の瞳
形の良い口はゆるやかに弧を描いている
東洋系だと一発で分かる端正な顔立ちは黒い着物にとてもよく合っていた
稀にみる美女に目を見開いていると、女がまた一歩近づいてきて老人はようやく我に返った


『ボンゴレ\世(ノーノ)
私はあなたを暗殺しに来たわけじゃないのよ
あなたにお願いがあって来たの』

「願い……だと」


静かに話しだした女を老人が怪訝な顔で見ると、女は儚げに笑った


『ええ。実はね、あなたに預かってほしい子がいるのよ』


そう言って視線を手元に下げた女を目で追うと、そこで初めて老人は女が手に何かを抱いていることに気がついた
それは布で覆われていて、しかしなんとなく、その布に包まれているのが何なのかを老人は理解した


「赤ん坊、か?」

『フフッ。さすがボンゴレの血に受け継がれているという超直感《ブラッド・オブ・ボンゴレ》ね
そう、赤ん坊よ。私たちにとっても、あなたたちにとっても大切な、ね』


その言葉の不自然さに気付かない老人ではなかったが
それよりも女の表情の方が無性に気になった

覚悟を決めたような、そして何かに耐えるかのような真剣な表情だったのだ



『ボンゴレ\世
この子を預かって、そして然るべき時が来るまでマフィアとして育ててほしい』



女は決然とした声音で言った


『そして時が来たなら、この子を日本に送ってちょうだい』

「何を、言っているんだ?」


老人は思いがけない要望に不信感を募らせるが、


『あなたなら分かるはずよ。その超直感なら
私の言った意味も、この子のことも…。だから、お願い』


その必死な目に、老人は何も言う気がなくなった
傍から見ても分かるほど相好を崩して、代わりにこう言っていた



「……その子を、育てれば良いのだね」

『ええ………やってくれる?』

「フム…
貴女が何をしたいのかは分からないが、私の超直感が貴女を信じよと言っている
だからその子は責任を持って私が育てよう」


その言葉を聞くと、女は安堵した表情を見せた
ホッと胸を撫で下ろし、微笑を浮かべて老人に赤ん坊を託した


『ありがとう。その子を頼んだわ』

「分かった。一つ聞いてもいいだろうか」

『ええ』







「あなたは







――――人間か?







その問いに酷く驚いたように目を瞠った女は、困ったように表情を歪めて老人を見据えた


『本当にすごいわね。超直感
答えは否よ。私は―――』

「――――――!!!」

告げられた答えに今度は老人が目を瞠る番だったが、女はお構いなしに老人に背を向けた


『それじゃあね、ボンゴレ\世
その子を……お願いね』


その言葉を残し、女は現れた時と同じように唐突に掻き消えた
部屋には茫然とその場に立ち尽くす老人と、スヤスヤと眠る赤ん坊だけが残された

















これが、後に夜叉姫と裏世界で有名になる少女と
誰よりも優しい少年との物語の始まりだった
 

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