頂を目指す二ノ姫V

□想いの欠片
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氷帝が帰って数時間後


「…………」

『え〜っと…』


かれこれ10分ほど彼とにらめっこの状況が続き、桜は参っていた
何か言葉を発してくれるなら対処の仕様もあるが、腕を組んだまま微動だにしない
ただ雰囲気的に、怒っていることだけは理解できる


「………」

『あの……』


耐えきれずに話しかけようとした桜だが、それは第三者たちにより遮られた
彼らも耐えかねたようでスパーンとドアを開けて入って来る


「遅いっすよ真田副部長!!」

「そーだぜぃ!!何分桜と見つめ合ってりゃ気が済むんだよぃ!!」

「おい赤也、ブン太。そんな大声あげると…」

「貴様等。病室で大声を上げるなどたるんどる!!」


文句を言う赤也と赤髪の少年、丸井ブン太に真田の怒号が響き渡る
至近距離で聞いていた桜は頭に響くその声に思わず顔を顰めた
それを見て、同じく至近距離にいたせいで真田の怒号を聞く羽目になってしまった彼
ブラジル人とのハーフ、ジャッカル桑原が片目を瞑って謝ってきた


「弦一郎。お前の声の方が大きいぞ。それに桜の前だ」

「む。そうだったな。すまん」


柳に窘められた真田は桜に軽く頭を下げる
そして助かったとばかりに肩を落とした赤也と丸井に「帰ったら特別メニューだ」と告げた
途端にこの世の終わりのような顔をする赤也と丸井を助ける者はいない


「おうおう桜。大丈夫か?真田の声は頭に響くからのぅ」

「そうですね。個室だったのがある意味幸いしましたが」

『………雅治…比呂士……』


こめかみを押さえた桜に銀髪、色白の彼、仁王雅治
そして眼鏡に物腰の丁寧な彼、柳生比呂士が近付いてきた
仁王は桜の顔を見てニッと笑う


「なんじゃ。顔色は良いようじゃの」

『それ、来る人みんな言うわ』

「それは皆桜さんのことを心配しているからですよ」

『そうね……こんな状況だし喜ぶことじゃないんでしょうけど、嬉しいわね』


はにかむ桜の頭に仁王の手が置かれる
今日はよく頭を撫でられる日だ
そして余計なことを思い出す日…

目を伏せた桜に訝る仁王と柳生が声を発する前に、真田が渋い顔で桜を見下した


「しかし桜。倒れて入院するとは………たるんどるぞ」

「そうだな。些か肝が冷えた」

『…ええ。ごめんなさい』

「まぁ謝ることじゃねーよ。ただ聞いた時赤也とブン太がうるさくてな」

「仁王くんもソワソワしていましたしね」

「余計なことは言わんでええんじゃ柳生」


立海の場合、なぜ入院したのを知っているのかなんて野暮なことは訊かない
立海には青学のデータマンに劣らない凄腕のデータマンがいるのだ
情報収集はお手のものだろう

桜は怒っていても、それが自分を心配してくれている真田の優しさだと分かり破顔した
その笑顔を間近で見て真田の耳が若干赤くなる
するとその空気を遮るように高揚した丸井の声が響いた


「おい桜!これって今人気の『ラ・ナミモリーヌ』のケーキじゃねーか!?」

「丸井!冷蔵庫を勝手に開けるなど…」

『いいわよ弦一郎。ちょうどおやつの時間だしね
それはキヨ、山吹中の千石くんが持ってきてくれたの』


桜がそう言うと柳が興味深そうに顔を上げた


「千石が来たのか」

『ええ。あとお昼前に景吾たち氷帝も勢ぞろいで来てね
あ、でも滝くんはいなかったけど…』

「じゃあこの袋ってもしかして氷帝が?」


赤也が指差すそれは確かに忍足が言っていたどら焼きだ
頷く桜に柳が納得したように呟く


「確かに、それは高級和菓子の専門店のものだな
和菓子好きの桜のために跡部が持ってきた確率89%」

『高いわね。合ってるけど』


桜は苦笑すると、うずうずしている丸井に吹き出した
彼はケーキの箱にちらちら視線向けていて、今にも食べたそうだ


『いいわよブン太。開けちゃって
皆も一緒に食べましょう
キヨ、結構買ってきてくれたんだけど私こんなに食べられないし』


すると待ってましたとばかりに丸井が次々お皿にサーブする
真田と柳が遠慮して、その分を丸井と赤也が取ってもさらに余るほどの量だ
かなりの数のケーキに病室は甘い匂いで満たされた
つくづく個室で良かったと思い知らされる
ケーキを辞退した2人にどら焼きを勧めて、桜はそれで、と真田を見上げた


『何か言いたいことがあったんじゃないの?』

「……気付いていたのか」

『そりゃあね。付き合いだけなら貴方と精市とはもう3年以上の付き合いだしね』


そう言って桜はここにはいない立海大附属中テニス部の部長
つまり彼らの部長である幸村精市の顔を思い浮かべた
儚げな美少年である彼は2年の年の暮れに病気で倒れ入院している
ただ、一時帰宅をして自宅で療養をしているはずだ


「実はな………その幸村が…また入院したんだ」

『………それって…』

「ああ。幸村は手術を受けることを決めた」


柳がいつもは閉じているその目を開き、静かにそう告げた
桜は胸元を手で押さえ、『そう……』と小さく呟いた


遠く聞こえていた堕ちた魂の咆哮は
まるで何事も無かったかのようにイマは聞こえず
しかし今度耳に響くのは
聞こえたくは無かった戸の開く音

引き裂かれる運命の音


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