頂を目指す二ノ姫V

□想いの欠片
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検査は滞りなく終了し、桜は公衆電話を取った
彩菜に教えてもらった番号を押す
数度のコール音のあと、受話器の向こうから低い声が聞こえて顔が綻んだ


『……国光』

「“!!桜!!大丈夫なのか!”」


手塚にしては焦ったような声音に桜は内心どうしようもないほど嬉しくなる
心配を掛けたことは心苦しいが、それ以上に彼らの心に残っていることが嬉しい
その想いがあれば自分はまだまだ、例えどれほどの事があろうとも前を向いていられる


『ええ。もう大丈夫。というか検査はほとんど形式的なものだから…』

「“………原因は…分からず仕舞いか…”」


沈んだ声の手塚に桜は眉を下げた
彼のそんな声は聞きたくないのだ


『それで、貴方の方はどうなの?』

「“……お前は俺の心配より自分の心配をしろ
辛くなったらすぐに誰かに言え。もう話したんだろう”」

『ええ。誰かさんが秀一郎と周助に言ってしまったしね』

「“………勝手に言ってすまなかった”」

『別に怒って無いわよ』


桜がクスッと笑うと、受話器の向こうで安堵の息を吐き出す音が聞こえた
手塚はそうしてぽつぽつと語り出した


「“……腕は相変わらずだ
だが先日話した友人に、アドバイスをもらったりしている
そのおかげで体の使い方などを考えさせられたな”」

『あら。そうなの?』

「“ああ。落ち着いていて何より視野が広くてな
アドバイスも本当に的確だ。それに……”」

『それに?』


言葉を切った手塚に訊き返すと、手塚が柔らかな声を紡いだ
その声に一瞬心臓が鳴った


「“あの人は本当にお前に雰囲気が似ているからな
そのおかげで安心できるしリラックスできるから自然体を見てもらえるんだ
何より、居心地の良さがあるな”」


それはつまり桜の傍も安心できるし、居心地が良い、と言っている
それが脳内を駆け巡って、桜は柄にも無く頬を染めた
しかし電話越しで桜のその珍しい表情を手塚が見ることは無かった


『(………中身おばあちゃんだっていうのに…
なんでこんな乙女みたいな反応してるのよ私…
こんな顔喜助に見られたら笑われる……あの子には…手遅れだけど…)』

「“どうした桜。黙り込んで”」

『(自分が何言ったのか気付いてないの…)
なんでもないわ…』


手塚はまさか自分の言葉で桜がテレたなど考えもつかないのだろう
不思議そうな彼に桜はそれだけ言って背後に立つ柱に目を向ける
揺れる霊圧に目を細めて手塚に言った


『なんにせよ、あまり落ち込んでいないようで安心したわ
無理はしないでね』

「“………ああ。桜も無理はしないでくれ
俺は必ず治して戻ると約束する”」

『うん。待ってるわね』

「“それじゃあ”」

『ええ』


カチャン、と受話器を置く音が耳に入って抜ける
はぁ、と息をついて振り返れば、柱に凭れかかるように栞がいた
しかし、その表情は常の彼女とは全く違った


随分と珍しい顔をしてましたね〜桜さん

『………不覚だわ』

「ま、そうでしょうね
いくら相手があの人でも、そんな顔昔ならしませんでした
随分と人間らしくなりましたねぇ」

『………そう、ね』


現世に降りてもう10年経とうとしている
その間手塚に出会い、彼の家族に出会い、多くの経験をした
何もかもが新鮮で、しかしいつも隣には彼がいた
それこそ、昔に戻ったかのように


「……今、森の奴が九州に降りているじゃないですか
あいつは彼に接触しました」

『………』

「だから、貴女も自分の思うように動けばいいと、僕は思いますよ♪」

『!!』


軽い口調に騙されそうになるが、今とても重いことを言った
しかしその重さを感じていないようににっこりと笑って言う


「いいんですって!貴女は充分過ぎるほど我慢してきました

この世界が貴女に刃を向けるというのなら、僕達が貴女を守る盾になります

貴女が世界に囚われるなら、僕達が貴女の代わりに手足となります

主と共に助けていただいた日から、僕達の心は常に貴女とともに」


芝居がかった、しかし真剣な声音
嘘も陰りも一つも無い、真摯な声
その声は昔から変わらない





「僕達は僕達の魂と、貴女に与えていただいた名前に誓って

貴女と、彼らを護ります」









→atogaki
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