頂を目指す二ノ姫V

□女王の帰還
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『ありがとう景吾。わざわざ車を出してくれて』

「気にするな。俺が好きでしていることだ」


そう不敵に笑って向かいに座る跡部に桜は苦笑した

関東大会2日目

なんとか退院を了承させた桜は午前中に退院し、自宅へと戻っていた
退院の付き添いを買って出てくれたのは彩菜だ

本当は午前に行われた青学VS緑山中の試合を見ておきたかった
全国行きを決める大事な試合だ
しかし強行的に退院を決定させたため最終検診をすっぽかす真似はできない
よって試合会場に着くのは午後になってしまったわけだ
ただここで、跡部が好意で桜の家まで車を回してくれた
それが幸いし午後には余裕を持って到着できる
なにより3日だけとはいえ、ベッドからあまり動かない生活をしていれば筋力は落ちる
跡部の好意は純粋にありがたかった


『(…それに………昨日は…………)』


眠れなかったのだ
震える霊圧と、血の臭いと咆哮に
怖いという感情が湧きおこって、膝を抱えていた
映しだされるだろう映像を見たく無くて目を開けていた








黒崎一護!テメーを倒す男だ!!よろしく!!



「成程この子供は―――――奴によく似ている…



「往生際の悪ィ野郎だな」



私は貴様を絶対に許さぬ…!



悪いが……早々に帰ってもらおうか



「………はぁ。君たちが知る必要は無いんだよ」





ああああああああああああ









脳裏で再生される、その映像に無意識にジャージを掴んだ
見せつけられたそれが物語の重要な契機であることは疑いようのない事実
歪みが現れたことを嘆くより、運命に逆らえないことの方がよほど辛い
自分が体験した訳ではないのに、それだけで疲労感が増した


「……桜」


すると、低く、浸み渡る水のような、静かな声音に名前を紡がれた
アイスブルーの目を細めた跡部は桜をまっすぐ見つめた


「どうした?酷い顔してたぞ」

『その言い方酷いわね…』


苦笑する桜にしかし跡部は表情を変えない
桜の目をじっと見て、そしてその細長い指を伸ばしてきた


『…な、なに………』

「いや………」


桜の目尻を跡部の指が撫でる
その感覚に驚いた桜は目を瞠る
跡部は手を引っ込めて、何やら考え込み始めた










跡部は腕を組み、不思議そうな桜から視線を外した


「(泣いてるかと、思った)」


実を言うと、桜の表情はそこまで変わっていない
ただ、彼女の持つ独特の雰囲気が、悲しそうに感じのだ
冷え切った空気のような、それでいてふわふわしていて
儚く消え去りそうな雰囲気が彼女から発せられた
その錯覚からか、桜が泣いているように見えたのだ
跡部が桜に対してそう感じるのは、一度や二度のことではない
人並み外れて観察眼に優れている跡部だからこそ、桜のわずかな変化も気付ける
そして、彼女が弱々しく映るのは大抵彼女の周りで何かが起こった時
それを自分一人で背負って、誰にも何も言わず解決しようとする時だ


「(溜めこんでんじゃねーよ)」


自分とはどこか違う彼女
どこが違うと問われると、答えることはできないが漠然と分かる
彼女は違う

だが、そうだからといって桜が桜であることには変わりは無い
だから言いたいのだ
一人で抱え込むなと
身に余る荷物なら一緒に持つと

ただ、その言葉はいつも口からは出ない
幼なじみである手塚が言っていないということはまず考えつかない
なのに改善が見られないのは、彼女に直す意志がないから
そして、彼女の荷持がどれ程のものか分からないから


「(だが、途方もない事だということは分かる)」


そう。彼女の、あの姿を見たときから


「待っててやるよ」

『えっ…』


唐突なその言葉に桜は面食らった
しかし跡部は適当に濁すばかりだ


「(待っててやる…お前が口を割る時までな)」


そしてその時は、彼女の荷物を持つことを心に決めた


「着いたな」


そうこうしているうちに、車は試合会場へと到着した





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