頂を目指す二ノ姫V

□人間らしさ
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「罪悪感ですか?それとも、後悔ですか?」





否定の言葉は紡がれなかった
唇を噛み締める桜の表情が窓に映り、栞は息を吐く


「随分と、人間のような顔つきになりましたね
朽木を笑えませんよ」

『笑う気は無いわ』

「まぁ、そうでしょうね」


栞は肩を落とす
桜の目は伏せられたまま


「分かっていた事です
そして、僕も再三申し上げていた事です
大丈夫だと言ったのは貴方ですよ、桜様」

『ええ…………』

「あまりに永い時を生きて耄碌しましたか?
覚悟は出来ていた筈です」

『返す言葉も無いわね…………』

「桜様…………」


普段からは考えられない
言いかえす事も無く、ただ言葉を受け入れるだけ

栞は若干苛立ったように声を震わせた
斬魄刀の鍔がカチャンとなる


「それでも、彼らを救うと言ったのは貴女でしょう
どんなに苦痛に苛まれても、過去に押し潰されそうになっても
"今を生きる彼らを助けたい、傲慢でも自己満足でも構わないから"
そう仰っていたじゃないですか」

『………』

「それに僕はこうも言いましたよ
いつか消す記憶なら、今を思い切り楽しんでも構わないとも」

『…っそれは……………』


息を詰めた桜に栞は腰に手を当てた
今までに見た事も無いほど弱気になってる彼女
幼馴染が傍に居ない所為か、動き出した歯車の所為か
どちらにせよ、まるで子どものような桜は栞が知っている彼女では無い
そして、そんな彼女を見ていられない


「貴女も、そう思って一度は吹っ切れたはずでしょう
しっかりなさってください、桜様
こんな風に殻に籠っているのは、僕の知っている桜様ではありません!!」


鋭い叱咤は、慈愛に溢れていた
桜はふと目をあげる

なぜか弱気になっていた

辛かった、怖かった

まるで幼子のような弱さと、殻に籠る自分のなんと愚かしいことか

自分の中の矛盾に全く気付けていない
感情のコントロールできない子どもじゃあるまいし


『(……それだけ、参ってたって…ことかしら…)』



己の力の非力さに、泣き叫ぶ声

雨に打たれた冷たさ



突如顕れた化物に、慄き叫ぶ声

血にまみれた温かさ



処理するには軽くないことが一気に押し寄せてきた気がして
始まるのだ、と拳を握り締めて

なんでも一人でやろうとして、結局出来なくて
辛かった。怖かった


『…………でも、これは違うわね…』


殻に籠って、目を逸らして
無理をして。得られるものはない
こんな風にいじけているのも、死神である自分の矜持を深く傷つける
こんな、情けない姿、晒せるわけがない








「貴女の好きなようにしてください」

「俺達は、それについていきますから」









『だから…前を向いて
前を向かぬ者に、路は無いのだから……』





そうひとりごちた桜に、栞は満足そうに表情を綻ばせた
彼女を曇らせていた雨雲は、徐々に消えているから

どんなに長くを生きていたって、死神だからといって、万能ではない
完璧では無い。迷うし、不安にも思う


「(それこそ、人間のように―――)」


十年近く、人間として過ごしてきた桜にとってはなおさら

だから、迷ってもいい。不安に思ってもいい
自分がそうなった時、救いあげてくれるのは彼女
なら、彼女がそうなった時に


「(救いあげるのは僕であり、あの人たちだ)」


それでいい。それで


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