頂を目指す二ノ姫W

□見知った空と
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もう…いいの





いいのよ……本当に





私の願いは





あの時から変わってない





だから、いいの





ありがとう





さようなら








ごめんなさい




終わりの時が来た
もう二度と戻ることの無い
美しく優しい時間
忘却の彼方に
彼女は自らを取り残した



























手塚はまるで水でも被ったかのような汗に驚いて目を覚ました
荒い息を吐き、肌に張り付くパジャマが不快感を高まらせる


「………なんだ?」


あまりにも早い心臓の鼓動に、手塚は目を細めた
何も覚えていないが、もしかしたら悪夢でも見たのかもしれない


「(……昨日のことを考えれば、良い夢でも見そうなものだが)」


中学へ上がってからの3年間ずっと目標にしてきた全国優勝
それが果たされたのだ
これで心置きなくドイツに行ってプロになれる
だからこそ、もっと幸福な夢を見そうなものなのだが

ふと、時計を見てみれば時間は6時前だった
いつもより遅い起床時間にしわを寄せつつ立ち上がる


「……今日は…祝勝会を兼ねた引退式だったな」


一人ごちた手塚は学ランに手を伸ばした
ふと、自身の腕についているミサンガに気付いた
見覚えの無いそれに一瞬動きが止まった


「(……これは………いつからしていたんだ?)」


考えても思い出せない
不思議に思ったが、さして問題はないだろうと手塚は考えた
部員の誰かから貰ったものだろう
ならば誰にもらったのか日記か何かに書いてあるはずだから、見返せばいい


「(………急ぐか)」


学ランに袖を通し、手塚は下へ降りた
もう食卓には国一が新聞を広げて座っていた


「おはようございます、おじい様」

「…………うむ。今日はいつもより遅いな国光よ」

「はい。どうやら夢見が悪かったようで」

「……………そうか」


国一は気難しい顔で頷くと、ジッと手塚を見た
何かを探るような眼に、手塚は疑問に思った


「……どうかなさいましたか、おじい様」

「…いや」


国一は新聞に視線を落とした
手塚は腑に落ちなかったが椅子に腰を下ろした
その時、胸の奥が気持ち悪くなった
何かが引っかかっているように感じたのだ
それを台所から出て来た彩菜が気づいた


「どうしたの国光?気分でも悪い?」

「………いえ。何でもありません」

「………」


国一は新聞の上から微かに上げていた目を伏せ、口を真一文字に引き結んだ








fin.
 

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