頂を目指す二ノ姫W

□遠ざける壁と
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空を埋め尽くしていた虚は、まるでそれが嘘だったように消えていた
青い空にはただ一点の黒、彼女がいるだけだった
腰まで伸びる美しい黒髪に白磁の肌の彼女
――桜は、記憶と違わず冷めた目で手塚たちを見下ろしていた
アメシスト色の瞳のその寒々しい様子に背筋が凍りつく


『………まさか、こんな事になるとはね…………
わざわざアイツが見てる前で「朧月」と「宵闇」まで使ったっていうのに……』


フゥ、と息を吐いた桜が地に降り立った
刀を鞘に納める姿は洗練されていて、慣れていることが分かる
手塚は、自分の四肢が震えていることに気づき、
しかし気力を振り絞って一歩前に出た
桜の目が、射抜く


「……………桜…」

『……思い出すの……早かったわね………
お蔭でこちらの予定が狂っちゃったわ』

「……予定?」

『ええ。あなた達の記憶を消して、さらに痕跡も全て消し、
それに確実な永続性をもたせ、霊圧を消し去るための術式を組んだっていうのに……
…三日三晩の詠唱を必要とするのにその前に思い出しちゃうし』


息を吐く桜だが、手塚は安堵していた
焦燥感の理由はこれだったのだろう
この機を逃せば、彼らが、手塚が桜の事を思い出す事は無かったのだ
永遠に、彼女と話すことも、会う事も無くなってしまう所だったのだ


「………桜…俺は……………」

『言わないで』

「桜………」


硬い声音の桜に、手塚は押し黙った
彼女は唇を噛み締めていた
その表情が、桜と手塚たちの明確な距離を表しているようで躊躇する
これほどまでに、彼女は遠い存在だっただろうか。だが


「(それでも……近づきたいんだっ)」

『っ!!』


手塚は、一歩彼女に近づいた
その差をまた広げるように桜が後ずさる
その目には、先ほどまであった冷たい色は無かった
余裕を無くした、縋るような色しかなかった


「………桜……俺は決めたんだ」

『来ないで』

「俺だけじゃない。跡部も、真田も覚悟を決めた
ここにいる全員が……恐らく覚悟を決めたんだ」

『言わないでよ』


先ほどまで感じていた空虚感はない
思い出した自分が感じていることは、唯一つ

彼女は、こんなにも小さい

だからこそ、支えたいのだ





「お前の背負っているものを、一緒に背負わせてくれ!






お前と共に、生きていくために!」






『言わないで!!』






金切声で叫ぶ彼女に、手塚は面食らった
体を震わせる彼女は、今まで、優しく微笑んでいた彼女とは似ても似つかない
いや、全てを包み込むようなおおらかさを感じなかった
それほど、追いつめられているようだった


『やめてよ……せっかく……っ
私はっ……貴方たちと生きていく気なんてないっ!!
このまま……何も知らずに……生きててくれればそれでよかったの!!』

「………っ」


それは初めて彼女の本音を聞いたような心地だった
涙こそ流していないが、泣いているようにも見えた


『どうして……っ
何も知らないんだから……そのままでいればよかったの!!
やめてよ……私のことは忘れてよ……』


洪水のように流れたと思えば、つっかえつっかえになる言葉の数々
それは、確かに彼女の願いだった


『もう嫌なの………全部…っ全部私の我儘なんだから……』


唯突き放すわけではない
ただ彼らを想っての言葉だ






『お願いだから………っ“こっち”に来ないでっ!!』






「……っ」






だからこそ、足踏みはしていられないのだ
例え目の前の彼女を傷つけることになっても、彼女の未来を護りたいから
彼女との未来こそが、今の自分たちが望んだ未来で、夢だから




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