窓の外には、今にも泣き出しそうな空が広がっていた。
――まるで、あの日の空のようだ。
虚ろな視線は窓の外を漂い、そして思考は記憶の中をたゆたっていた。
すべての始まりともいえる、あの日。彼にとって、彼らにとって、忘れがたい、忘れ得ない、その――記憶。
思い出す。想い出す。おもい出す。
あの、日。
朝から厚い雲に覆われた空は、徐々にその色を濃くしていた。滲むような灰色。滲んでいく灰色。滲みきった灰色。
彼にとってその色には、何の意味もなかった。――そう、その日までは。
「――おい、どうした?」
背後から唐突に声をかけられて、その思考が現在へと引き戻される。
「・・・・・・」
視線をその声の主に向けることすらせずに、青の
闖入者に無言を返す。
「何かあったのか?」
さすがに不審に思ったのか、遠慮がちに問いかけられ、首を横に振る。
その様子を見て、黙って彼の横に並んだ。
彼は過去へと、思いをはせる。
曇天の中、彼はローズガーデンへと向かった。
そして、そこにいたのは、
綺麗な金の髪と碧の目をした王女だった。
どこか遠くを見つめているようなその瞳はわずかに
翳りを帯び、咲き乱れる色とりどりの薔薇の中でひとり立ち尽くす王女のその美しさに、思わず息を呑む。
その気配を察したのか、王女の視線が彼のほうへと向けられた。
「誰か、いるの?」
そう問う声は澄んで、凛としていた。無言で彼が姿を見せると、王女が安堵の息をつくのがわかった。自分から口を開くことはせず、そのまま王女に
跪く。
「貴方、騎士ね?名前と所属を述べなさい」
「はい。第3師団所属、ヴァインと申します」
淡々と、聞かれたことだけに答える。しかし、王女はその答えに満足しなかったようだった。さらに重ねて問われる。
「この城での勤務はどれくらい?」
「半年ほどになります」
「私のことはわかるのね?」
「はい。存じ上げております」
「――『彼』について、何か知っていることは?」
少し間を空けて続けられた問いに、少し躊躇ってから口を開く。
「――申し訳ございません。私どもには何も知らされておりません」
その言葉に、王女が目を伏せ、ゆっくりと告げる。
「ヴァイン、でしたね?――どうでしょう、私の下で働く気はない?」
唐突な申し出に、一瞬戸惑いを覚える。それでも、気付くと言葉を返していた。
「貴女がそれを望むのでしたら、貴女のために剣を取り、この命さえも懸けましょう。すべては貴女の仰せのままに」
その言葉に、王女がはっとする。そして少し躊躇し、彼の手をとった。
「ヴァイン、明日からは王女付きの騎士として、傍にいなさい。通常の任務はすべて免除、貴方の役目は王女の身辺警護のみとします。今日はこれで警備に戻りなさい」
「はい。では、失礼いたします」
そう言って、彼は王女の傍を離れた。
王女の表情は、見えなかった。
「――ヴァイン!」
自分を呼ぶその声に振り向くと、そこに立っていたのは彼の主――否、『友』だった。その姿を認めると、先ほどとはうって変わった態度で微笑を浮かべ、『友』のもとへと一歩足を踏み出した。
そう、そうして彼らは出会ったのだった。
それがすべての始まり。
それが終わりの始まり。
彼らが出会ったその日から、灰色の空は、彼にとって特別なものになった。
(The gloomy … Fin)