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□The ray of the sun
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 ふと気付くと、静寂の中に雨の音が聞こえた。だんだんと大きくなるその音を聞きながら、暗闇の中目を閉じる。
 彼の名を呼ぶ声が、頭のどこかで聞こえた気がした。
 それは、彼のすべてであった『彼女』の、声。


「     」
 明るい声が、彼の名前を呼んだ。
 変わらない声。
 変わらない笑顔。
 彼女は、彼とよく似ていて、そして全く似ていなかった。
 よく笑った彼女と、笑顔をみせることのなかった彼。
 明るかった彼女と、無機質な彼。
 素直だった彼女と、決して本心を覗かせることのなかった彼。
 けれど、ふたりとも願っていた。
 もうひとりの自分が、幸福であるように。
 もうひとりの自分が、笑顔でいられるように。
 自分にはかなわないとわかっていたから。
 せめて、もうひとりの自分、自分の分身とも言うべき存在に。
 そう、彼らは決して『ふたり』ではなかった。
 彼女は彼の世界であり、すべてであり、そして彼自身だった。
 彼は彼女の世界であり、すべてであり、そして彼女自身だった。
 ふたりではなく、彼らはいつも『ひとり』であったのだ。
「     」
「     」
 だからこそ彼女は彼に名前で呼ばれることを許容した。
 だからこそ彼は彼女に名前で呼ばれることを許容した。
 そうしなければ、本当に『ひとり』であったから。
 互いに名前で呼び合うことで、自分ともうひとりに線を引いた。
「     」
「     」
 そして互いに名前で呼び合うことで、『特別』であると認識した。
 彼女は彼にとって。
 彼は彼女にとって。
 『特別』で、『唯一』の存在。
 それは、彼らにとってただひとつの『真実』だった。
 だから、彼女を亡くして、
 悲しくて、
 つらくて、
 切なくて、
 空虚な心を持て余して、彼女を求めた。
 彼女がいないのに、自分がいることが、何かの間違いに思えて、
 彼女の影を、すべてのものに見出した。
 たとえば、綺麗な黄金きんの薔薇に。
 たとえば、淡く輝く蝋燭ろうそくの炎に。
 そして、自分に。
 だから、
 彼は彼女になった。
 彼女を演じた。
 まるで彼女が生きているかのように。
 まるで彼女が死んだことなどなかったかのように。
 けれど、彼は彼女の喪失を知っていたから。憶えていたから。忘れることができなかったから。
 もうそこは、彼のいる場所ではありえなかった。彼の生きる場所ではありえなかった。
 そこでは、彼がいることに意味はなかったから。
 彼の生きる意味はなかったから。
 それでも、彼女を追うことはできなかった。
 だって、彼女が願ったから。
 彼の生を。
 めったに『願い』を口にしなかった彼女が、最後に願ったことだから。
 叶えてあげたかった。
 叶えてあげようとした。
 彼女が願ったことは、すべて。
 彼女が守ろうとした国だから、守ろうとした。
 彼女が生きようとした場所だから、ここで生きようと思った。
 つらかったけれど、すべては彼女のためだった。
 そう、『彼』に会うまでは――。


「――ヴィル?」
 その声で、ふっと意識が浮上する。まだ霞がかった頭が考えるよりも先に、その名前が口をついて出た。
「――  ・・・・・・」
 けれど、その瞳に映ったのは彼女ではなく、
「・・・・・・ヴァイン」
 今度こそ正しく名前を呼ぶ。彼の唯一の『友』の、その名前を。
 その声に、『彼』は優しく微笑を浮かべた。


 それはまるで、夜の闇を切り裂く、一筋の光。
 新しい朝の、しるし――。

(A single ray of … Fin)

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