Stories

□The gust of wind
1ページ/2ページ

 風が、塔の隙間を通り抜けていく。その音に、彼は顔を曇らせた。
「・・・・・・今夜あたり、荒れそうか」
 窓の外を見やり、そう呟いた彼はしかし、その『嵐』の到来を予期してはいなかったのである。

 夜。
 いつもなら静まり返っている城内は、昼にも劣らぬ騒がしさに包まれていた。昼から続く風は強さを増し、さまざまな物を伴って城を襲った――否、襲っている。夜だというのにせわしなく働く人々を眺めながら、彼は不安の色を隠しきれずに空を見上げた。
 雨雲や雷雲が近づいてくる気配がないのが、せめてもの救いだったが、被害のほどを考えて嘆息する。
「少し眠っておくか・・・・・・」
 明日はどうなることか、見当も付かなかった。

「     」
 彼の名を呼ぶ、声。
 懐かしいその声は、彼が憶えているものと寸分の違いもなかった。
 その優しさも。
 その暖かさも。
「――リズ」
 そっと、その名を呼ぶ。その声が届くことはないと、知りながら。
 彼女の姿らしきものが、ずっと先に見えた。その人影を追う。――どれほど近づいても、その像が鮮明になることはないけれど。
 彼女と話すことも、
 彼女を見ることも、
 彼女に触れることも、
 できない。
 だって彼女は行ってしまったから。
 だって彼女を行かせてしまったから。
 それでも、
「リズ」
 やっとわかったから。
 今更なんて、もう遅すぎると、それもわかっているけれど。
「リズ。聞こえて、いるのか?」
 そう、たとえ、
 たとえ聞こえなくても。
 たとえ届かなくても。
 たとえ伝わらなくても。
 いいから。
 言わせて欲しい。
「俺も、彼も、もう大丈夫だ」
 大丈夫。大丈夫だから。
「もう、悲しませたりはしないから」
 だから、
「安心して、もう行けよ。みんな、待ってるんだろ?」
 助けたかった。
 救いたかった。
 傍にいたかった。
 その、笑顔が見たかった。
 けれど、その願いが叶うことは、もう決してないから。
 だからせめて、願わせて欲しい。祈らせて欲しい。
 彼女に幸福を。
 彼女に笑顔を。
 彼女に光を。
「リズ」
 君を愛したことを、なかったことにはできない。君を忘れることなんて、できない。
 それでも、もう縛られないから。
 君のことを『過去』にして、前を向けるようになったから。
 俺も、そして『彼』も。
「     」
 優しく、そう告げる。
 彼女に、届いただろうか。
 ふたりぶんの、
「     」
 そう言った、その次の瞬間だった。
 彼女の姿が、消えていく。ゆっくりと、融けるように、解けるように。
 そしてその姿が消える直前に、
「         」
 振り返った彼女の笑顔を見た、気がした。

 風のく声で夢から覚めた。窓の外に広がるのは、星の瞬く夜空。遠く聞こえる、人々の喧騒。
 ぼんやりと虚空を眺めながら、彼はひとり彼女に思いを馳せる。
「――     ・・・・・・」
 小さく囁いたその声はしかし、強く吹きつける風にかき消され、彼の耳にさえ届くことはなかった。

(A gale … Fin)

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ