風が、塔の隙間を通り抜けていく。その音に、彼は顔を曇らせた。
「・・・・・・今夜あたり、荒れそうか」
窓の外を見やり、そう呟いた彼はしかし、その『嵐』の到来を予期してはいなかったのである。
夜。
いつもなら静まり返っている城内は、昼にも劣らぬ騒がしさに包まれていた。昼から続く風は強さを増し、さまざまな物を伴って城を襲った――否、襲っている。夜だというのにせわしなく働く人々を眺めながら、彼は不安の色を隠しきれずに空を見上げた。
雨雲や雷雲が近づいてくる気配がないのが、せめてもの救いだったが、被害のほどを考えて嘆息する。
「少し眠っておくか・・・・・・」
明日はどうなることか、見当も付かなかった。
「 」
彼の名を呼ぶ、声。
懐かしいその声は、彼が憶えているものと寸分の違いもなかった。
その優しさも。
その暖かさも。
「――リズ」
そっと、その名を呼ぶ。その声が届くことはないと、知りながら。
彼女の姿らしきものが、ずっと先に見えた。その人影を追う。――どれほど近づいても、その像が鮮明になることはないけれど。
彼女と話すことも、
彼女を見ることも、
彼女に触れることも、
できない。
だって彼女は行ってしまったから。
だって彼女を行かせてしまったから。
それでも、
「リズ」
やっとわかったから。
今更なんて、もう遅すぎると、それもわかっているけれど。
「リズ。聞こえて、いるのか?」
そう、たとえ、
たとえ聞こえなくても。
たとえ届かなくても。
たとえ伝わらなくても。
いいから。
言わせて欲しい。
「俺も、彼も、もう大丈夫だ」
大丈夫。大丈夫だから。
「もう、悲しませたりはしないから」
だから、
「安心して、もう行けよ。みんな、待ってるんだろ?」
助けたかった。
救いたかった。
傍にいたかった。
その、笑顔が見たかった。
けれど、その願いが叶うことは、もう決してないから。
だからせめて、願わせて欲しい。祈らせて欲しい。
彼女に幸福を。
彼女に笑顔を。
彼女に光を。
「リズ」
君を愛したことを、なかったことにはできない。君を忘れることなんて、できない。
それでも、もう縛られないから。
君のことを『過去』にして、前を向けるようになったから。
俺も、そして『彼』も。
「 」
優しく、そう告げる。
彼女に、届いただろうか。
ふたりぶんの、
「 」
そう言った、その次の瞬間だった。
彼女の姿が、消えていく。ゆっくりと、融けるように、解けるように。
そしてその姿が消える直前に、
「 」
振り返った彼女の笑顔を見た、気がした。
風の
哭く声で夢から覚めた。窓の外に広がるのは、星の瞬く夜空。遠く聞こえる、人々の喧騒。
ぼんやりと虚空を眺めながら、彼はひとり彼女に思いを馳せる。
「―― ・・・・・・」
小さく囁いたその声はしかし、強く吹きつける風にかき消され、彼の耳にさえ届くことはなかった。
(A gale … Fin)