夜陰の中、涼しい風を受けながら、姫はひとり空を仰ぐ。その凪いだ瞳が、僅かに欠けた月を映した。
十六夜の月――。
今宵もまた、月の軌跡を眺める夜となるのだろうか。
そう思い、不意にこみ上げてくる情動のままに、手首に感じる冷たさにそっと手を重ねる。蘇る、声。
『――貴女に、これを』
蘇る、情景。
『ああ、やはり貴女には、この色がよく映える』
思い出すのは、その声。その優しさ。その温かさ。その、笑顔。
『――蓮見殿』
そう、彼にだけ告げた、それは姫の至宝。
「神南様」
呟くようにその名を呼ぶ。
「何故、約束をお守りになられなかったのですか」
その声音は、責め詰るようなものではなかった。その声に潜むは、悲哀と嘆き。
何故、彼は来なかったのだろう。必ず、満月の夜にと、そう約束をしたのに。
決してたがえることはないと、そう誓ったのに――。
それとも――と頭のどこかでぼんやりと思う。
それとも、偽りであったのだろうか。自分へと向けられたあの眼差しも、あの優しさも、あの笑みも、すべて。
「――!」
自分で思ったことに愕然として、彼女が肩を震わせる。
「神南様・・・・・・」
まるで呪いのように、再びその名を口にする。こらえきれない嗚咽が、のどの奥から洩れた。
千々に乱れる心をなだめかね、姫がその場に泣き崩れる。
会いたい、と。
悲哀と恐怖に押しつぶされそうになりながら、ただそれだけを思う。
会いたい。
会いに、来てほしい。
早く。一刻も早く。
貴方を信じられなくなる、その前に。
「・・・・・・神南様」
待っているから。
信じているから。
だから、
もう一度会いたいと、そう願うことを、どうか赦してください――。