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□秘めやかなる想い
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 夜陰の中、涼しい風を受けながら、姫はひとり空を仰ぐ。その凪いだ瞳が、僅かに欠けた月を映した。
 十六夜の月――。
 今宵もまた、月の軌跡を眺める夜となるのだろうか。
 そう思い、不意にこみ上げてくる情動のままに、手首に感じる冷たさにそっと手を重ねる。蘇る、声。
『――貴女に、これを』
 蘇る、情景。
『ああ、やはり貴女には、この色がよく映える』
 思い出すのは、その声。その優しさ。その温かさ。その、笑顔。
『――蓮見殿』
 そう、彼にだけ告げた、それは姫の至宝。
「神南様」
 呟くようにその名を呼ぶ。
「何故、約束をお守りになられなかったのですか」
 その声音は、責め詰るようなものではなかった。その声に潜むは、悲哀と嘆き。
 何故、彼は来なかったのだろう。必ず、満月の夜にと、そう約束をしたのに。
 決してたがえることはないと、そう誓ったのに――。
 それとも――と頭のどこかでぼんやりと思う。
 それとも、偽りであったのだろうか。自分へと向けられたあの眼差しも、あの優しさも、あの笑みも、すべて。
「――!」
 自分で思ったことに愕然として、彼女が肩を震わせる。
「神南様・・・・・・」
 まるでまじないのように、再びその名を口にする。こらえきれない嗚咽が、のどの奥から洩れた。
 千々に乱れる心をなだめかね、姫がその場に泣き崩れる。
 会いたい、と。
 悲哀と恐怖に押しつぶされそうになりながら、ただそれだけを思う。
 会いたい。
 会いに、来てほしい。
 早く。一刻も早く。
 貴方を信じられなくなる、その前に。
「・・・・・・神南様」
 待っているから。
 信じているから。
 だから、
 もう一度会いたいと、そう願うことを、どうか赦してください――。

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