がたがたと騒々しい音を立てて、馬車が悪路を行く。
ふとその中に聞き覚えのある音が混じっていた気がして、ラーシュが僅かに腰を浮かせ、目線を外へやる。
「どうした?」
それに目ざとく気付いて、オキアスが問いかける。
「――鳥が」
「鳥?」
短い答えを困惑した声で反芻して、ああ、と合点が言ったように呟いた。
「この声か。名前までは知らないが、この辺りでは良く聞く。珍しいのか?」
首を振って、また外へと目をやる。それから思い出したように、小さく付け加えた。
「・・・・・・三光鳥」
「は?」
「そういう名だそうだ」
「へぇ。よく知ってたな」
知っている。
そう、知っている。鳥の名を。花の名を。空の名を。
『――あの声の主はね、三光鳥っていうの』
そう告げた声が、笑顔が、蘇る。
森へと分け入りながら、彼女はとても楽しそうに辺りを見回していた。何かを見つけるたびに、小さな歓声が上がる。
「そんな風に歩いて、疲れないのか?」
「大丈夫。・・・・・・あ、待って!今、そこに・・・・・・」
そう言ったかと思うと、道から逸れて木立に踏み入る。慌ててその腕を掴んで引き戻すと、たしなめるように警告する。
「絶対に、道から外れるな。危険だ」
「でも・・・・・・!」
言い返しかけて、彼女がぴたりと口をつぐむ。しばらく不思議そうにしていた彼だったが、耳に届いた鳥の声に納得する。
「・・・・・・こっち」
声を潜めて、彼女が歩き始める。迷った挙句、彼もその後を追った。
少し経つと、声は聞こえなくなった。しかし、彼女の視線は姿を探して木立をさまよう。
「・・・・・・あと、少しだったのに・・・・・・」
やがて諦めたようにそう言って、力なく目を伏せ、ため息をつく。沈んだ口調に触発されてか、彼が口を開いた。
「――名は・・・・・・?」
無意識のうちに発せられた問いに、彼女が一瞬動きを止める。それを見て、彼が慌てて口を閉ざした。
まずいことを聞いてしまっただろうか。
誰よりも自然を愛し、そして自然から疎まれている彼女に。
彼の危惧に気付いているのかいないのか、彼女はゆっくりとふり返って、微笑を浮かべながら答えを告げた。
「――あの声の主はね、三光鳥っていうの」
そうやって、いくつものことを彼女から教わった。それは鳥のことであったり、花のことであったり、果ては空のことであったりした。
自然と接するときの彼女を、間近で見ていた。人間と接するときとは違う、彼女の優しい笑みを。
わかっていたはずだった。彼女とは同じ道を歩めないと。だって彼女は、
人間ではなかったから。
彼女は闇を知るモノの末裔。闇を受け継ぎしモノの末裔。
大いなる闇を抱えて生き、やがてはその身を闇へと堕として、紅の咎を負う。
それが彼女の運命。
逃れられない宿命。
それなのに。
そうと知っていたのに、どうしようもなく彼女に惹かれた。
優しかった彼女に。
温かかった彼女に。
美しかった彼女に。
けれど、その想いが届くことはないと、そう思い知らされた。
彼女が、闇と出逢ってしまった、そのときから。