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□偽りの従者
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 婚礼前日。明日の婚礼に加え、今夜の宴の準備もあるため、朝から皆大急ぎで作業を進めていた。その中に、フィオナはいない。彼女は、婚礼のお相手である隣国の王子アディ・ルックに誘われて外出中だ。当日までそのことを知らされていなかったのか、彼女は少し気が進まないようにも見えたが、婚礼を間近に控えた今、断るという選択肢は残されていなかった。
 そのことが響いているのは彼女自身だけでなく、ヴィンセントも同じだった。忙しくしていても、フィオナがこの婚礼の主役である以上、彼女の意見は必要になる。必然的に、準備に加わっていれば彼女の姿を見ることもあるだろうなどと思っていたが、見事に当てが外れた。彼女と見えることができるのは、実質今日が最後であるのに、ただ遠くから眺めることも出来ないとなると、この忙しい中でもため息が口をつく。
 いつの間にか手を止めてしまっていたことに気付き、ヴィンセントは慌てて作業を再開した。しかし集中することはできず、一度頭を空にしようと大きく息をつく。――まだ、機会はある。今夜の宴には、彼女は出席しないとならないのだから。
 そして、それが最後になる。
 結局あの後、彼女の両親と話すことは無かった。呼び出されなければ、こちらから会いにいけるような人物ではない。彼らの中では、自分の返答などはもう決まっており、殊更確かめる必要を感じなかったようだった。
 そのことを有り難く思うのは、きっと贅沢すぎることで、けれど自分にとっては――おそらく彼女にとっても、当たり前のことなのだろう。決定権を持たないということ。その機会さえも与えられないということ。ただ流されるだけということ。贅沢で、残酷な選択。確かに見えているのに、存在し得ない他の道から目を背け、ただひとつ示される1本道を行く。――たとえその先が袋小路だと分かっていても。
 それでも――
「うわっ!?」
 唐突な悲鳴に、反射的に顔を上げる。どうやら、宴の準備であちこちで混乱が生じているらしい。何気なく時刻を確認して、思っていたよりずっと遅いことに気付き愕然とする。もうそろそろ彼女の帰ってくる時間だった。一体、どれだけの時間こうしていたのだろう。
 お嬢様が帰っていらしたら、とヴィンセントは心の中でそっと決意した。いつもどおり部屋を訪ねよう。今夜だけは、少しの時間でも構わない、ふたりで過ごしたかった。

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