頂き物

□ココロ★オレンジ
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 そうして空中回転二回ひねりという荒技を披露し、着地に失敗して尻餅をついたとき、それまで呆気にとられたように傍観していた男の子が吹き出し、声をたてて笑った。
 あ。やっと心から笑ってくれた。
 なんだか心が温かくなって微笑んでから、僕はあることに思い当たって辺りを見回した。
「お父さんとお母さんは今はいないけど、もうすぐしたら迎えにくることになってるんだ」
 え?僕、何にも言ってないのに、わかるの?
 困惑の表情を浮かべると、男の子は笑いかけてきた。
「わかるよー! なんでかわかんないけど。……元気づけてくれて、ありがと」
 さり気なく発された言葉。それは、僕の心の中に染み込んでいった。
 恥ずかしさとくすぐったさで頭をかきむしり、飛び跳ねると、男の子はそれを見てもう一度笑い声をあげた。
「ピエロ君は、僕が一人でこんなところにいるから、心配してくれたんだね」
 それからふいに視線を地面に落とし、息を吐いた。
「僕、明日引っ越すんだ。お父さんが“転勤”になったんだって。だから、友達ともお別れなんだ……」
 お別れ、か。物心ついたときにはもう両親もいなくて、サーカスの一員になっていた僕にはあまり縁のなかった言葉だ。でも、いつも横にいてくれた人がいなくなる寂しさはわかる。
 もしサーカスのみんながいなくなってしまったら……そんなこと、考えられないけど、とても寂しいと思う。
「仕方ないんだってわかってるんだけど……お父さんとお母さんは今引っ越しの最終確認をしてるから、友達とどこかに行ってきなさいってお金をくれたんだ」
 そこでようやく顔をあげた男の子は始めにここに来た時と同じような、哀しげな表情をしていた。
「結局、誰も誘わなかったけど。でも、サーカスをゆっくり見られてよかった、かな」
 これは僕にもわかった――強がりだ。ただ、別れを意識したくなかっただけ。
「あ、お迎えが来た」
 男の子の視線の先を見ると、父親と母親らしい人影が見えた。
 じゃあ行くね、と言って去っていく男の子。その姿はこれから友達が一人もいない場所に行く不安で、より小さく見えた。
 ダメだ。このまま行かせちゃ。伝えたいことがあるんだ。
「待って!」
 気付いたら僕は声を出していた。
 自分でも驚いた。この姿の時は絶対に話さないって決めてたのに、変なの。でも、このまま行かせて、伝えずに終わるのだけは嫌だったから。
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