novel(short)

□遠くて近きは男女の仲だけではない
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夕暮れ時、賑わう街並み。


人ごみを掻き分け少し暗い路地を入ると、古めかしい店構えのガラスの開き戸に出くわす。


扉を開くと薄暗い店内に騒がしいほどの誰もが聞き慣れている音が耳に飛び込んでくる。


カチコチカチコチ


そして視界に広がるは所狭しとずらりと並んだ数々の時計。


年代物の時計から最新の電磁波時計、形も様々で腕時計は当たり前、掛け時計に置き時計、時計と言われるもの全てと言って良いほど数多くの時計が並んでいて、ちょっとした時計の博物館と言ってもいいくらいだ。


そしてこの静かな店に時計以上の騒音とも言える来客が時折やって来る。


バンッ!と乱暴に蹴り開かれたドアには一切目もくれず、いきり立った自分へと向かってくる足音にも店主は全く動じない。


「何だサンジ、また振られたのか?」


手元の作業から一切目を離さず、自分の前に立つ金髪のスラリと背の高い男に声を掛ける。


「聞いてくれウソップ!俺というものがありながら他にも付き合ってる奴がいたんだぜ!そりゃルリちゃんは可愛いから他の奴らがほっとくわけねぇけど、こんなに尽くしてるのに何が不満なんだ〜!何で俺じゃなく、あんなクソ冴えねぇ野郎を選ぶんだよ!」
「お前の愛情は過剰なんだよι」
「それのどこが悪ぃんだ!」
「悪いなんて言ってねぇよ。相手に合わせて付き合えって事」


ウソップは修理の完了した時計の蓋をパチンと閉め、カチカチと最新式ゴーグル型の虫眼鏡を上へ押しやると、漸く目の前のソファーに仏頂面で座り込んでいる客人に目を向けた。


「偉そうに!さも女心を全て覚ってる様な事言いやがって。彼女いねぇくせに」
「余計なお世話だ!そんな俺様をいつも頼って来んのはどこのどいつだ」
「お前を頼ってるわけじゃねぇよ、失恋したこの心を癒すには、このブルーな気持ちより陰気でドス暗いこの店に来んのが一番癒んだよ」
「へぇへぇ、さようですか」


ウソップは聞き慣れているサンジの悪態になど全く動じず、笑いながら湯気立つカップを手渡す。



ウソップとサンジは中学の同級生で、昔から恋愛に関して事あるごとにサンジはウソップに打ち明けていた。


高校を卒業してもその関係は変わる事なく、旅好きな父を持つウソップが卒業と同時に継いだこの時計屋に今もサンジは通い続けている。


目の前でコツコツと作業を続けるウソップにカップを口に運びながらサンジが話し掛ける。


「実際お前はどうなんだよ」
「どおって?」


さっきと同様に作業をしながらウソップが答える。


「好きな娘とかいねぇの?」
「いねぇなぁ」
「ホントに?」
「ホントに」
「お前…青春真っ盛りなこの歳で彼女どころか好きな娘もいねぇなんて不健康、いや不健全だ!毎日毎日こんな薄暗いとこに籠もって一人地味な仕事してるなんざ以ての他!出会いだってあるわけねぇだろ!もっと外に出ろ、外に!誰か紹介してやろうか?合コンやるか?合コン!」


冷やかな視線を向けているウソップとは対照的に一人興奮し立ち上がって力説するサンジ。


「お前がやりたいだけだろ…ι」
「どっちも上手く行けば一石二鳥ってもんだろうが」
「俺はこの仕事好きでやってんだ、悪かったなこんな仕事で、こんな所で!なのにこんな陰気臭ぇ場所を心の拠り所にしてんのは何処の誰かさんですかねぇ?」
「うるせぇよ!なんか落ち着くんだよ、ここに来ると」



ウソップはサンジが好きだった。


けれどこの気持ちをサンジに伝えるつもりはない。


必要な時に自分を必要としてくれるサンジとのこの関係だけでウソップは充分だった。
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