「ばかなことを…」 苛々とした呟きに、曹彰は大きな目を更に丸く見開いた。 「あ?何でだよ」 「己が首を絞めるような真似をして…」 「だってさぁ……、俺じゃなかったら、絶対もっと揉めるぜ?」 「そういう問題じゃない、このばかッ!」 気は短いがめったなことで声を荒げたりしない兄に、久々に怒鳴りつけられて、曹彰は唖然としてしまった。 「そうとも、俺の地位は守られた、だがお前はどうなる!?そこまで考えてなかっただろう、ばか!」 「ば、ばかって言うなよ!……そりゃ、兄者とか植に比べたらばかだけどよ……でも、俺だって頭ひねって考えたんだぞ!」 「だから、ばかなんだ!毎日毎日、お前を“今のうちに始末しろ”と言われる俺の気持ちがお前にわかってたまるか、ばかっ!」 はたと曹彰が動きを止めた。 曹丕も口を噤んだ。 居心地の最悪な、重い沈黙に耐えかねたのは、やはり曹彰のほうだった。 「……ごめん…そこまでは考えてなかった……」 「…そうだろうとも」 「俺は、兄者を助けたかったんだ、本当に…それだけだ…」 誰かが大葬の混乱に乗じて魏王に祭り上げられ、璽綬を奪うようなことがあってはならない――その前に、政争には縁遠かった自分が警告すればいい。 そう考えた。 だが、黙って聞いていた曹丕は、厳しい表情を崩さなかった。 「自分も同じように“権力を有する者”で“祭り上げられる地位にある者”だと、思わなかったか」 頭を殴られたように、目の前が真っ白になった。 「……思って、なかった…」 思えるはずがない。 だって、そうなのだ。 どんな地位にあっても、頭だつ自分が決めていれば、自ずと周りも定まる――組織とはそんなものだと考えていた。 「俺は、そういうのに興味ないし……みんな、そういうことはわかってるはずだろ?」 「彰」 「俺が――」 「俺たちが望もうと望むまいと、もう俺たちの立場は普通じゃない。俺たちが仲むつまじくあろうとしても、周囲がそれを望まなければ、俺たちは争うことになる」 「…わかんねえよ…そんなの」 「わかれ。高い地位にある者の定めだ」 な、と、くせっ毛をわしゃわしゃかき回された。 そういう親しさは昔とまったく変わらないのに。 「なんか…兄者の言ってることが遠すぎてさ、……兄者が雲の上に行っちまったみたいだ…」 一瞬、曹丕の表情が真顔になった。 そして、やっぱり、苦笑まじりに髪をくしゃりと撫でられた。 「その図体でしょぼくれるな、情けない」 そう、笑ってくれる兄のことは、やっぱり大好きだと思った。 その笑顔が、今までより少し、遠いものに思えたとしても、彼は彰にとって、やはり大好きな兄のままだった。 |