企画作品集

□花臺
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額に玉の汗を浮かべて、鮮やかな緋色の瞳が開いた。
「…まだ、動けんのか」
降り続く雨と病人の様子を交互に確認して、劉虞は静かに頷いた。
「生憎な…」
「…そうか」
公孫瓚は呟き、ついで眉をしかめた。熱を持った傷口が疼く。
「庇って、くれたのか?」
そう、尋ねてみた
彼は嘲るように鼻を鳴らした。
「そんなわけがなかろう」
そっけない物言いが普段どおりで、思わず微笑みがこぼれた。
「…何を笑っておる」
「いや…、いつものあなただと、安心した」
静かに笑う劉虞を、公孫瓚はじっと見つめる。長い睫に縁取られた、大きな瞳で。
心まで探ろうとしているような凝視も、劉虞は穏やかに沈黙するだけだ。
その沈黙を厭うように、
「手負いの僚軍など、見捨ててよかったであろうに…」
公孫瓚は呟いた。
だが、劉虞は笑いながら首を振った。
「傷ついた朋輩こそ、助けたかった」
つややかに赤く潤んだ瞳が、沈思を込めてまたたいた。
「なぜ、そうも優しくできる」
「私が…?」
「…どうして、全て容れることができるのじゃ…」
「長史……」
劉虞は微苦笑して首を振った。
「私だって、好悪を感じるし、腹立たしければ怒るさ。嫌な心持にもなるし、苛立つこともある。ただ――」
「……ただ?」
「疲れるし、辛いだろう?誰かを憎むことは……まして、憎み続けるなど…」
今度は、劉虞の優しい瞳が、公孫瓚を覗き込む。
彼に他意はない。
だが公孫瓚は、その目を見ることができなかった。
黙って目をそらす様子を、劉虞は別の事情にとったらしい。
「すまない、話しすぎたな…」
熱を計る手が、そっと額に触れた。
「席を外そう、よく休んで――」
「いい」
離れかけた手を、緋色の眼差しが追う。
「いい……よいから…」
後の言葉を続けたいが、声にできない。
劉虞に、彼の心優しさに、手を触れたくて、けれども、弱さをさらけ出すことを認めたがらない。
互い違いの感情が、時にこうして公孫瓚を悩ませる。
劉虞が静かに座り直した。
その手が、再び公孫瓚の髪を梳き撫でる。
「長史、……私は、あなたの生き方を、よく知らないのだと思うが…」
「…何じゃ、いきなり」
「あなたと関わって、あなたが様々に悩み、苦しんできた人だということが、ほんの少しだけ、解った」

無数の傷を抱え、痛みを負い、それでもけして俯かず、傷つけ、傷つけられ、更に傷つきながら、昂然と顔を上げ続けてきたのだと思う。

「それでも――あなたの潔く誇り高い在り方を、目映く、うらやましく思うと言えば、信じてくれるだろうか」

公孫瓚が、かすかに目を瞠いた。
「お前が、俺を…な…」
頷く劉虞を見て、小さく息を吐いた。
「俺にも、自分がよくわからん」
疼いているのは、傷だろうか、思いまどう心だろうか。
「俺は“君子”の垂れる仁愛など欠片もほしくはない」
「うん」
「だが…お前に優しくされることは、……嫌いではない、悪くもない…」
「そうか」
「佳いのだ、…おそらくな。…それを認めたがらない心があるにせよ…」
「それで、いいのではないかな。私の心にも、たくさんの感情がある。あなたと同じように」
そう言って、再び優しく髪を撫でる。
公孫瓚は、黙って、その手に触れてみた。
劉虞は、笑って、その手を握った。
すぐに、その手は衾の下へ引っ込んだ。
「…痛い」
照れたような、素っ気ない言い方が彼らしい。
「うん、おやすみ」
やはり、劉虞は微笑みがこぼれた。







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